日本人の「あいまい」さに関する実証的研究
〜個人/集団の視点から〜
800001 青木里紗
指導教官:葉柳 和則助教授
本論文は、日本・日本人の思考や態度に見られる「あいまい」さに対して、多角的に解明することを課題としている。
第一章においては、日本・日本人の「あいまい」さ「どっちつかず」さを、マクロ・メゾ・ミクロの観点から「個人の日常における生活世界レベルでの「あいまい」さ」、「集団と個人の関係レベルで表出してくる「どっちつかず」さ」、「国家レベルでの「あいまい」さ」というものに分類した。それらを見ていく中で明らかになったのは、「あいまい」さ「どっちつかず」さは、マクロなレベルになるにつれて否定的にとられがちになるということである。筆者は、その原因をマクロなレベルになるにつれて国と国との関係が強く出てくるからではないかと考えた。
第二章では、ミクロの視点に立ち戻り、個人レベルでの日本人の「あいまい」さを、日本人の「回答の中心化傾向」という形でアンケート調査の中に見出し、そういった傾向の原因は、日本人が自分を相対的な存在だと考える「間人主義」の社会の中で育ってきたからではないだろうかと推測した。
最終章である第三章ではミクロレベルとマクロレベルのつながりを意識しながら、インタビュー調査の分析をおこなった。そこから得られた知見は、日本国内から見ても日本国外から見ても、国際関係における日本の態度としての「あいまい」さは、肯定的には受け取られてはいないということである。また、日常的なレベルにおける日本人の「あいまい」さは、日本の生活世界の中だからこそ許容されるものだったが、現代日本人にとっては、あまりいいものではないと考えられているということもわかった。それは、国外からの影響を受けて、日本人自身が今までの日本に疑問を持ったためなのだろう。その一方で、日本的な生活世界の外からやってきた者たちが日本人の「あいまい」さをポジティブに評価している面もある。彼らが評価しているのは、「優しさ」あるいは「相手の気持ちをよく考える」つまり「人と人との間柄」を大切にするという、まさに「間人主義」的な日本人の姿だった。彼らたちと相互に理解しあい、彼らに日本を知ってもらうだけでなく、自らも彼らの文化を理解しようとすることが今後の日本・日本人の課題となるだろう。
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