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☆研究日誌☆

こんなものは本来公開すべきではないのかもしれない。
しかし、不勉強の実態をあえて世間に晒すことで自らを「他律」すれば、
少しは研究も進展するのではないか、と考えた。



2002年12月の日記


今日もまた
 最近、いろんな人にメールや手紙で近況報告するたびに、研究プランについて大風呂敷をひろげているが、それを実行に移せていない。昨日も宮崎さんに出版計画について聞かれて、「夢」を語ってしまった。
 無論、おおよそのプランは決まっているし、原稿のストックだってある程度はある。ただ、何というのか、テクストと思考との絡み具合がゆるいのだ。もっとテクストをぎりぎりまで、テクストに一つ一つの考想が織り込まれてゆくリズムを体感できるところまで読み込んでいかないといけないのだが、そこまで達しきれないうちに日常に戻ってきてしまう、というのをここのところ繰り返している。
 「お仕事」と「お仕事」の間に細切れの時間ができたときに、テクストの織り目に分け入っていくのを避けて、本のカタログをめくったり、注文しようと思って忘れていた本を注文したりといった「してはいけないことではないが今しなくてもかまわないこと」をして、その時間を埋めていく傾向が出てきたのも気になる。
 研究以外の「お仕事」が忙しいのは確かなのだが、それを言い訳にしたくはない。今の大学ではそれは常態なのだから。
 にしても、せめて「遅々として進んでいる」という状態にしたいものだ。淡々と「遅々として」進むという常態がしばらく続くと、ある日突然、高く飛翔できたり、深く潜れたりするというのは、経験上わかっているのだ。
2002年12月20日(金) No.85

再開
 Bin論の研究ノート作りを再開する。といっても、原稿用紙にして五枚程度進んだというにすぎないが・・・
 夢の内部にいるときには夢見ている当人の内景が外景として経験されている。しかし、その外景はたいていの場合グロテスクなものだ。というかグロテスクなものへと「物象化」されている。こういった理路からしても、フリッシュとフロイトとの方法的同型性はもはや否定しようのないものだ。これでなんとかフリッシュ-フロイト-レヴィ=ストロースの三題噺ができそうである。
 カミュとフリッシュというラインにも惹かれるものはある(とくに「神」に関して)。サルトルのアンガジュマンとフリッシュのアンガジュマンとの間の異同というテーマよりは、はるかにおもしろそうだ。とはいえ、ここに足を踏み入れると論文の完成が少なくとも半年は遅くなりそうな気もする。どうしたものか。
2002年12月22日(日) No.86

進展なし、だが
再び進展なし。志氣君の卒論の第二章を読んで、久しぶりにアカデミック・ハイを経験したのが唯一の収穫。ネット界のフィールドワーカー志氣君が、自らのフィールド経験を社会学的概念を使って記述すると、プロのメディア社会学者たちの提示している命題が次々と反証されてゆく。今後の展開に期待。来年担当する「メディア環境論」でゲストとして話をしてもらうのがいいかもしれない。
2002年12月23日(月) No.87

今日も今日とて
今日も進展なし。年賀状に何枚となく「今年はFrisch 論をまとめ始めようと思います」などと書いてしまったので、よけいこたえる。
2002年12月24日(火) No.88

ああ、かっこいい
『シーシュポスの神話』(新潮版全集2)を再読する。
「たとえ理由づけが間違っていようと、とにかく説明できる世界は、親しみやすい世界だ。だが反対に、幻と光を突然奪われた宇宙のなかで、人間は自分を『異邦人』と感じる。この追放は、失った祖国の想い出や約束の地への希望を奪われている以上、そこではすがるべき綱は一切断たれている。人間とその生との、俳優とその舞台とのこの断絶を感じとる、これがまさに、不条理性の感覚である。」(P. 84)
「[...] いやそれは希望というよりはむしろ欺瞞だ、生そのもののために生きるのではなくて、生を越えたなんらかの偉大な観念、生を純化し、生にひとつの意義をあたえ、そして生を裏切ってしまう偉大な観念のために生きている人々の欺瞞なのだ。」(p. 86)
「不条理の感情/感覚は、どこの街の曲り角でも、どんな人間にでも真向から襲いかかってくることがありうる。この荒涼とした裸形の姿で、しかも輝きをいささかも持たぬその光のなかで捉えることはできない。だが、この困難自体が熟考に値する。自分以外のだれかあるひとりの人間というものは、ぼくらにとっていつまでも道の人間のままであり、その人間のなかには、僕らの理解から滑り落ちてしまう還元不能のなにかがつねにあるということは、おそらく真実だ。[...]」(p. 89)
「[...]ひとはこの砂漠から断じてはなれてはならない。すくなくとも、これらの経験がどこにまで辿りついているか、それを知らなければならない。努力をつづけてここに至ったとき、ひとは非合理的なものに直面する。幸福と理性への欲望が自分のなかでうずくのを感じる。このようにして、人間的な呼びかけと世界の不当な沈黙とが対置される、そこから不条理が生まれるのだ。」(p. 104)
「まったく教訓的だと思えるひとつの明々白々たる事実がある。人間はつねに自分が真実と認めたもののとりことなってしまうということだ。」(p. 108)
ああ、かっこいい。そしてなんて分かってるんだろう、このカミュという人は。
分かっている人の本を読むといつも、どうしてその人の後にもなお、こんなにも多くの気の抜けた言葉が費やされて、「学問的生産」なるものが続けられる必要があったのだろう、という気持ちにさせられる。
フリッシュと同時代の思想という問題について考えるとき、どうしても1930-50年代のフランスの思想との関連に触れざるをえない。サルトルとの関係については既にあれこれ研究されているし、レヴィ=ストロースについては一昨年学会で発表した(そのまま店晒しになっているのがつらいところではあるが)。
で、カミュがおもしろそうだと感じて、とりあえず『シーシュポスの神話』を二年ぶりに手に取ってみたのだ。
数ページ読んでみて感じたのは、カミュ-フリッシュという思考の同型性のラインを引くことは間違いなく可能だし、サルトルとのラインよりも実り多いだろうということである。特に「カミ」の観念と、「途次にあること」へのこだわりが。
それとはあまり関係ないが、かつての文学青年や哲学青年が、カミュの本を手にして感涙にむせんだというのは、あながち誇張ではないだろう。こんな風にシンプルな言葉で、思考のツボを押さえて書いているのだから。
にしても、カミュはフリッシュより十歳くらい年上だ思ってが、調べてみると、カミュは(1913-60)でフリッシュは(1911-91)だった。フリッシュの方が長生きだったし、いい仕事をした時期が10年あまり後なので、後の世代だと勝手に思いこんでいたのだ。ちなみにサルトルは(1905-80)。
思想家の仕事を捉えるときに、その時代性にあまり注意を払わないのは、自分の欠点だ。その思想家をあたかも今現在、言葉を発している人間のように扱ってしまう。だから、その思想家と同時代の思想家の仕事への目配りがおろそかになりがちなのだ。その結果として、その思想家の仕事の中の本当にオリジナルな部分と、同時代の思想家たちに共有されていた部分(常識であった部分)とを明晰に選り分けることができず、そのすべてがあたかもその思想家のオリジナルであるかのように錯覚するのだ。
しかし、これはおそらく、歴史から何も学ぼうとしない、すべての人間にあてはまる傾向でもあるだろう。オリジナルな演出をしているつもりで実はブレヒトの焼き直しをしているにすぎない演劇青年とか、リアリズムを破壊したつもりで実は初期表現主義の問題設定を繰り返しているだけのアーチストとか。
まあ、いずれにせよ、今では専門家以外には忘れられつつある作家=思想家カミュがこんなに楽しめるのだから、とりあえずしばらく新しいのはいらんね。
2002年12月25日(水) No.89

カミュを置き忘れてしまった
カミュを某所に置き忘れてしまったので、Juergen PetersenのFrisch論の中の「役割存在としての人間」に関わる章を読む。Petersenは、ハードコア・ナラトロジー(@内田樹)の名職人だ。ハードコア・ナラトロジーの職人というのは、たいていの場合、「形式主義」のレッテルを貼られてしまう。特に日本では評判が悪い。
 (研究者の間でもそうだし、授業で取り上げても、「内容より形式を重視するなんて」という学生たちの拒絶反応は相当強い。しかし、読書経験というものから構造的に疎外されて育ってきた今の学生たちが「テクストの快楽」を味わおうとすれば、「型」から入るのが一番確実でかつ遠くまでいける。なんせ「作者の思想」とか「作品の真の意味」とかを全く括弧に入れてしまい、単純な手作業だけから始められるのだから。「型」を習う前には全く見えていなかったり、ぼんやりとしか意識していなかった読み筋がクリアーに浮かび上がってくるのは、それだけでけっこう楽しいものだ)
 とはいえ、テクストから「語りの構造」なるものを取り出して、それでこと足れりとするナラトローグ(?)が多いのも事実ではある。 構造を取り出すことと、それを何らかのコンテクストの中にマッピングすることが、乖離してしまっているのだ。
 そんな中で、Petersenは抽出した構造をどのようにマッピングするのかを常に意識している職人だ。そして、彼のいいところは、得意な領域と苦手な領域がはっきりしていることだ。語りの分析をしているときは実に鋭かった分析の切っ先が、思想的コンテクストや影響史と切り結ぶ瞬間に急に鈍く、凡庸になる。だから逆に、形式の分析を通じて言いうることは何処までなのか、という問いをぎりぎりの地点まで追求するというスタンスを取ることになる。このスタンス故に、マッピングはより正確かつ「使える」ものになるのだ。そこから先は別の研究者に委ねればいいのだ。
それでは具体的に、どの地点まではPetersenの切っ先は鋭く、どこからは他の研究者に、というか、他のアプローチに委ねればいいのだろうか。
「存在しうるためには、私たちは役割を必要とする。役割を逃れた(rollenfrei)存在などありえない。つまり、私たちが自分自身であろうとすれば、私たちは同時にまたある役割をも引き受けざるをえないのだ。」(S. 96)
「発話されるいかなる「私」も一つの役割です。常に。人生においてもそうです。この瞬間においても」(Frisch Gespraech mit H. Bienek 27)というフリッシュの言葉を、Petersenはこのように解釈する。
 フリッシュの役割論は、40年代から60年代にかけてかなり大きく変化している。その転換点となるのが『シュティラー』だという知見をPetersenは、『シュティラー』の語りの揺らぎから探り出す。初期のフリッシュにとって役割とは、社会的存在としての人間がまとわざるをえない仮面であった。それを脱ぎ捨て、<ほんとうの私>として生きることに憧れながら、ついにその試みは挫折するという「筋」をいくつものテクストが変奏していた。しかし、そのような凡庸な「筋」から脱却して、「演戯する私」以外に本当の「私」など何処にもないのではないか、という問いが立てられた最初のテクストが『シュティラー』であった。そして、60年代に入ると、『わが名をガンテンバインとしよう』において、虚構を本当だと信じ込む生の物象化」からの解放の梃子として「虚構を虚構として演戯する精神」がはっきりと前景化する。
 とすれば、生は単なる仮象の「物語」に過ぎないのだろうか? 私たちは、仮面を取り替えることはできても、仮面なしに「発話する」つまり他者と、いやそれどころか自分自身とすらかかわることはできないのだろうか?
 Petersenはこの問いに次のように答える。生は単なる「仮面舞踏会」ではない。「その役割それ自体ではなく、反省的思考を働かす前にどんな役割を選ぶのかということが、その人の本来的リアリティを開示するのだ」(S. 96) 「役割と(本来的)人となり(person)とはどうやらある種の弁証法的関係にあるらしい。[……]我々の役割的性格は、単に覆い隠すモメントだけではなく、発見的モメントも含んでいるように思われる。それによって人間の本来生が常に包み込まれている限りにおいて」(S. 97) 。
 この地点で、Petersenの読みから別れを告げなくてはならない。もしこのように読んでしまうと、結局のところ、<本当の私>がどこかにあるのだ、という発想が位相を変えて温存されてしまうことになる。
 60年代のフリッシュの役割論・演戯論をもう少し動的に読むことはできないだろうか。確かに、演戯を演戯として生きることで、一つの「シナリオ」を物象化(というより物神化)して生きるという疎外態から「軽やかに/演戯的にspielerisch」逃れて、「可能的存在としての人間」という意味での人間性を回復することが「可能」となる。そして、「生は一人称で生じる」ものであり、そこにおいて役割を「選択」するという行為がなされる以上、選択の「主体」というものが存在する。問題なのは、この「主体」とは何か、ということである。Petersenはここで、「本来的人となり」を「主体」と同じものだと考える。なるほど、フリッシュは「私」に「私」についての構想=見取り図(Entwurf)を描かせしめる何ものかetwas=the thingがあることを認め、それをEinfall=「思いつき」と言い換えている。PetersenはこのEinfallを「自己についての構想(Selbstentwurf)」と等置する。ここでSelbstを付けることで、思いつく主体はどちらかというと、思いつく「私」にあることになる。つまり、「私」が自己についての見取り図を着想する、という「見取り図」が描かれる。
 はたしてそうなのか。日本語においても、「ある着想が私に訪れた」という言い回しは誤用ではないが、ドイツ語においてもEinfallはもともと「急な来訪」「突然の襲来」を意味している。このような意味において、「私」は「思いつき」の主体ではない。むしろ「私」は絶対的な受動性において「何ものか」の来訪を受け入れるのだ。
 ただし、the thingが何か不気味なものであるが故に(『遊星からの物体X』の原題はThe Thing)であった)、「私」はそれを「私の本来性」=「本当の私」だと、錯視しようとするのである。そして、この錯視こそが、虚構の物神化を生み出すのである。
 虚構としての虚構の演戯によって見えてくるのが、「何ものか」の輪郭(正確にはそれはレヴィ=ストロースの言う意味での<構造>であるように思われる)であるとすれば、虚構の演戯は、「私」の「本来性」に向かって閉じられてゆくのではなく、「他なるもの」に向かって開かれてゆくモメントを内包させているはずなのである。
2002年12月29日(日) No.90

なぜアメリカではよりによって・・・
前々から気になっていた、ロスタフの『抑圧された記憶の神話 ---偽りの性的虐待の記憶をめぐって』(誠信書房)を読む(というか読み始める)。
 理論的なことに関して言えば、実に素朴な本だ。フロイトが心的外傷について述べていること以上の知見がここに見出されるわけではない。というよりも、フロイトという古典にきちんと向き合わなくなって久しいアメリカのカウンセラーたちの犯す犯罪に対する告発としてこの本はあるようだ。
 現在の疎外状況の理由を過去の「事実」に求めるというやりかたは、卒論で「中山みき」や「出口なお」のテクスト(=お筆先)や信者との「セッション」について研究した者の目には、稚戯にも劣る「状況定義」の方法だとも思える。だが、フロイトを徹底的に俗流化したカウンセラーの方が多くのクライアントの心をつかんだりするのはまさにこの俗流性というか安直さにあるのかもしれない。「起源に事実があるという神話」(というか「起源というものがあり、かつそれが事実であるという神話」神話の感染力はインフルエンザの比ではないし、簡単に重症化・慢性化するものなのだ。
 物語論的に見ても、カウンセラーとクライアントたちの創る語りはずいぶん紋切り型だ。しかし、ここでも問題なのは、紋切り型であることの「感染力」なのだろう。
 一言で評価すれば、物語論や精神分析から見ると、素材が現代アメリカの実例から取られているという点を除けば、これといった新しさはない。(あくまで現時点での評価だが)
 ロスタフは「信奉者」と「懐疑家」という二つの類型の間(の懐疑家寄り)に自らを置いているが、その二つの理念型の間に弁証法的ダイナミズムがほとんどないので、そのスタンス自体が紋切り型に思えてくる。
 というわけで、まだ四分の一くらいしか読んでいないが、研究という観点から言えば、この本は話の枕くらいにしか使えそうにない。(ロスタフが学術論文のスタイルで書いた本を読んでみれば違った評価ができるかもしれないが)
 とはいえ、残り四分の三を読みきってしまおうという気持ちになっているのはなぜだろう。それは、人生についての物語は理論的には無限に可能であるにもかかわらず、どうして、現代のアメリカ社会では、よりによって「幼児期の生的虐待」を起源とする物語が集合的に選択されるのか、という問いの答を知りたいからである。
 これは、オイディプスコンプレックスでは説明できない。なぜなら、訳者の仲真紀子さんがあとがきで書いているように、これは特殊アメリカ的な現象であって、日本では見られないことだからである。この本で告発されているカウンセリングの実態は、カルト教団や自己啓発セミナーとほとんど同じものだが(集団でのセッションとか、家族との絆を断ち切るところとか、「否認」の論理(=全てを説明できる魔法の呪文。こんなふうに「否認」という言葉が使われていることを知ったらフロイトは卒倒するだろうな)、そこでも「虐待の神話」は使われていないと思う。(確かめたことはないので正確なところはわからないが)おそらくヨーロッパでもそこまで「虐待の物語」が共有されてはいないだろう。
 となると、問題の中心は物語論ではなく、文明論・文化論に移行する。アメリカ文明・文化にはあまり関心を持っていないし、感心もしていないが、どのような文化のあり方が、「虐待の神話」にリアリティを与えるのかというメカニズムはなんとしても知りたい。
 二〇年近く前に書いた卒論「中山みき論」と今から書こうとしてる博士論文「マックス・フリッシュ論」とが最近、さまざまところで交叉するようになった。「神話」の問題なんかがそうだ。まとめ切る力量があるかどうかそれが問題だ
2002年12月31日(火) No.91


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