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☆研究日誌☆

こんなものは本来公開すべきではないのかもしれない。
しかし、不勉強の実態をあえて世間に晒すことで自らを「他律」すれば、
少しは研究も進展するのではないか、と考えた。



2003年1月の日記


まじめなひとがまじめにろんそうする
機上で『抑圧された記憶の神話』をようやく読了する。正月に自宅の居間にねそべり、子供たちが絵本を読んでいる(というか、絵を見ながら物語を紡ぎ出している)横で読むにはちときついところがある本だった。
 読んでいるうちに、自分の読みのスタンスに誤りがあったことに気づいた。この本は、学術論文ではなく、エスノグラフィーなのだ。近代科学の方法論にあくまでも忠実であろうとするエリザベス・ロスタフという認知心理学者が、「米国流カウンセリング」とでも言うべき「抑圧された記憶の神話」をリアルなものとして共有する「民族」の世界に足を踏み入れ、そこでフィールドワークを行い、その経験を記述したもの、それがこの本なのである。
 前に書いたように、自分の関心が、理論的なものから、文化論的なものに移行するに連れて、そのことが次第にわかってきた。
(「フロイトが知ったら、きっと墓場の中でのけそることでしょう」(p.131)という引用もあった。「今、私を現実に虐待しているものは何か?」「実際に何かがあったかではなく、それをどのように思い出すかが問題だ」(p.400)といった引用からもわかるように、ロスタフは確かにフロイトのパラダイムに新しいものを付け加えてはいないが、そのパラダイムから逸脱することも決してない。これはとりわけアメリカではめずらしいことではなかろうか)
 ロスタフは愚直なまでに「科学(Wissenschaft)」の方法を守ろうとする。
「科学的な方法論に立つ研究者にとっては、真実にたどり着けるはずだという信念に頼るのはルール違反である」(p. 219)
「科学者は事実を求める。そして反駁可能な仮説を求める」(P.377)
「まじめ」な人なのである。ぶれというものがない。ナラトローグのPetersenもそうだが、こういう人は信頼できる。「信頼できるお父さん/お母さん」という意味で。自分が得意とするところと、そうでないところとの間に明確な線引きができる(あるいは少なくとも、読み手にそのことが分かるように文章を書く)研究者の書くものは読んでいて安心感がある。
 ただし読み手というのは我がままなので、「そうでないところ」にまで足を踏み入れてくれないかという期待を抱いてしまう。しかし、「まじめ」な研究者はそうした期待には答えてくれない。
 とはいえ、最後まで読んでわかったことは、この本は単なる「報告書」ではなく、十分に「物語化」されているということである。ネガティヴな意味で言っているのではない。各章は基本的に一話完結の枠物語の形式を取り、らせん状に配置されている。らせんをたどってゆくと、私的「症状」に対する説明としての「神話」が、次第に間主観的に共有されてゆき、最終的には集合的な「現実」として自明化する、つまり、反省的な思考を駆逐するプロセスが手に取るようにわかるようになっている。
 圧巻なのは、第12章である。ポール・イングラム(虐待者として告発され、フィジカルな現実のレベルでは(つまり、ロスタフという審級においては)一度たりとも起きたことのない犯罪を自ら「細大漏らさず」告白し始めた人物)を主人公」にした物語――それは私的神話が集合的なものに転じていく「恐怖の物語」だ――としてこの章の前半は展開される。「恐怖」が語り全体を支配するようになったころに登場するのが、バークレーの社会学教授リチャード・オフシーだ。オフシーに振られた役柄は「シャーロック・ホームズ」である。検察からイングラムに接見するよう依頼されたオフシーは、知略を駆使して、事件のなぞを解いてゆくのである。
 無論、まじめな科学者ロスタフ先生のこと、この章の最後を起承転結の「結」的に締めくくるにはあまりに禁欲的である。ホームズ=オフシーが事件を全面的に解決してくれるのでは、という読者の期待に全面的に答えることなく、あいまいなところはあいまいなままに、解決などないという解決と共に、この章は終わる。
 それは続く終章でも同じで、<心の活動の詩歌>という比喩を用いて本全体をまとめようとしつつも、終章に至って、あれこれと他の研究者の論文を引用するという「荒技」を使うことで、物語は「中途半端」に閉じられる。
 ここでの「中途半端」という言葉もネガティヴに使っているのではない。物語やメタファーというものの持つ負の効果を問題にするこの本もまた、ある種の物語性や比喩を採用することによって、「説得性」を確保している。これは避けがたいことだ。とすれば、物語が閉じられることを回避すること「結」び目をルーズなものにしておくことは、物語性の吸引力に対するリフレクシヴな批評精神の現れと見ることができるのである。「信じないでいることがどっちつかずで苦しいことだからである」(p.100) これが「物語」の抗い難さの根底にあるものなのだから。
 ロスタフがそのことをどこまで「意識」していたのかはわからない。しかし、結果として、この本の物語的構造とその破綻こそが、「まじめな人」ロスタフの語りを信頼できるものにしているのだ。
 
 にしても、結局のところ、「どうしてアメリカではよりによって幼児期の性的虐待なのか」はよくわからなかった。ロスタフはスタン・パッシーという精神科医の「私たちの文化では、地獄のあり場がなくなってしまいました。[……]まさに子供時代こそが新しい地獄として出現したのだ」(p.395f.)という言葉を引用している。しかし、「地獄のあり場がなくなってしま」っているのはアメリカだけではない。近代化と世俗化はコインの表裏のようなものであり、そのプロセスから逃れている国・文化の方が希有なのだから。
 それとも、「子どもは本来純真なものだ」という「性的虐待の神話」の前提となるもう一つの神話を無条件に信じるという「人類学的奇習」を持った文化圏こそがアメリカなのだろうか? だが、そう考えたところで、「奇習」の由来を説明しないことには、謎は解けない。うーん。わからん。
 が、いずれにせよ、国際社会における最近のアメリカ(人)の行動パターンを見ていると、「純真な子ども神話」を信じられるほどに子どもっぽい人たちがアメリカのマジョリティを占めていることだけは確かなようだ。そういえば、「カウンセリングの目的」は「自由。真実。正義」だと真顔でかたり、この「正義の戦い」が自らの癒しに止まらず、世界の癒しにまで寄与する」「私は怒りと癒し、そして新しい世界の創造に携わっています」と信じていられるのが、虐待カウンセラーでありそのクライアントなのだ(P.220f.)と、ロスタフは言っている。
 ちなみに一番ぎょっとさせられたのは、
「幼児性愛者が毒性廃棄物に関心を持つでしょうか」(P.222)
という虐待カウンセラーの本『生きる勇気と癒す力』からの引用である。ああこわい。
2003年1月7日(火) No.92

愛憎とは呼ばないで
 ヤーコプ・フォン・ユクスキュル『生物から見た世界』(思索社、1973)と石澤誠一『翻訳としての人間』(平凡社、1996)を並行して読み始める。
 『生物から見た世界』は、丸山圭三郎が人間にとっての環境(Umwelt)と人間以外の生命体にとっての環境との違いを説明する際に何度となく引用している書物だ。「言語環境論」の講義でソシュールに言及する前の予備作業として、この本に言及する予定である。
 基本的には生物学の本だ。が、個々の有機体にとって世界は単一だが、その分節のあり方は種によって本質的に異なる、すなわちマクロレベルでは世界(Welt)は多元的なものとして生きられている、という知見は、確かに、リアリティ構成論以降の文系研究者を、「勇気づける」ものである。
 「文理融合」なるものがそもそも可能なのかどうか、反省的に検討しようとすれば、この本を避けて通ることはできないはずである。単なるお題目としての「文理融合」など、害毒以外の何物でもない。
『翻訳としての人間』を読むのはこれで三度目である。石澤は、私が個人的に話をしたことのある研究者の中で、最も超一流に近い一流研究者の一人である。「地頭」の良さでは内田さんとタメをはっている。内田さんの方がスピーディで切れがいいが、石澤の方が実証的で粘り強い。
 また、石澤は、私が個人的には許しがたいと感じながらも、一流だということは同時に手放しで認めているほとんど唯一の研究者でもある。ある研究会の二次会で、私の生き方に関して面と向かって全面否定したときの石澤の口吻と私の身体の震えを忘れることはできない。
 しかしそれでも私はこの本を読む。読まずにはいられない。石澤のその名の通りの学問的「誠」実さに感動を新たにしつつ。
2003年1月9日(木) No.93

読みを読むこと
 「バス→飛行機→バス→地下鉄」さらに「地下鉄→バス→飛行機」と乗り継ぎながら、『翻訳としての人間』の「第一部」を「遅読」する。ゆっくり読んでいるのは、難解な箇所であるからでもあるが、この本でもっとも力が入っている箇所が、ここだからでもある。
 約130ページにわたるこの「第一部」は、『失語論』出版の翌年、1896年12月6日の晩にフロイトがベルリンに住む親友フリースに宛てて書いた手紙(3ページあまり)に関する、膨大な「注釈」としてある。
 経験的に言うと、あるテクストの要点を一読して把握する力のある研究者が、一つのテクストをめぐってその何倍もの言葉を費やして編んだテクストを読むことは、その内容自体の与える快楽もさることながら、「読むことについて読むこと」それ自体の醍醐味を私たちに経験させてくれる。しかもそれは繰り返し読むことに対して開かれている。というか読む度に新しい読みが開けてくる。
 ある決定的なテクスト(=書き込み)について何度となく繰り返し書くことを、フリッシュは「輪郭をなぞる=書き換えるum-schreiben」と言ったが、石澤のこの果てしない「書き換え」を繰り返し読むことは「輪郭をなぞる=読み替えるum-lesen」とでも言いうる行為である。lesenとは「拾い集める」ことでもあるから、石澤の書き換えの落ち穂拾いをしているのだとも言える。
 ハイライトは、心的機構の書き込みと書き換えについてのフロイトの図式が、ドイツ語版、三つの英訳、仏訳で微妙にしかし決定的にズレて=書き換えられていることを具体的に示し、ドイツ語版の四層図式こそが、「フロイトの意味=方向」に沿ったものだということを論証してゆく箇所である。
 (石澤がこの箇所を初めて紀要に書いた後になって、フロイトの手書きの図式が明らかになるが、これはどーとでも取れるようなものであった。しかし、それでも私はここでの石澤の論証を読んで初めて、知覚と意識との関係や抑圧と言語とのよじれなどの問題の布置について得心することができた。しかも、何度読んでも繰り返し得心させられる。)
 
 研究者としてであれ、ジャーナリストとしてであれ、出版人としてであれ、文章というものに関わって生きていきたいという学生(で知的潜水が得意そうな人)に、卒論のテーマに関わらずこの本を薦めているのは、思弁と実証の極北とも言うべきこの書物と格闘することで、自らのポジションというものを見定めてほしいからだ。
 
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 二月末日までにやろうと思っているorやらねばならぬ仕事をリストアップしてみて、呆然とする。
Duerrenmattの「Der Blinde」の翻訳をすっかりさぼってしまっていた。というか意識から排除してしまっていた。明日からなんとしても一日4ページずつ訳さねば。
2003年1月13日(月) No.94

念のため
えーと、学生諸君。「レーゼン、デンケン、シュライベン」は決して「飲む、打つ、買う」という意味ではありません。ちゃんと辞書を引いてみましょう。
「読み、考え、書く」という意味です。ある意味「飲む、打つ、買う」より安上がりで楽しいですよ。
2003年1月13日(月) No.95

またもや
 またもや進展なし。講義とそのの準備で手一杯だった。一日三コマで、そのうち一つが今年初めて受け持つ講義というのはやはりちょっときつい。そのあとタグ打ちで、「学問的個人史」と「ハヤナギゼミとは」を作ったので、「学問的」に頭を働かせる余力がなくなってしまった。
(数年前から「頭が疲れる」ということがどういうことなのか実感できるようになってしまった。厳しい農作業に一日従事した後で、美について考えようとした宮沢賢治の試みはやはり無謀だったといわざるをえない。少なくとも私には無理だ。)
あえて言えば、「言語環境論」の講義ノート作りのために、前期に作ったフロイトの『精神分析入門』についてのノートを読み返したことくらいだ。おかげで、『精神分析入門』をきちんと読めば、(フロイトの専門家や石澤のような本格派を除いて)フロイトの基本的な問題はこの本にていねいにマッピングされていることが再確認できた。
 それは同時に、アメリカの「虐待カウンセラー」たちが、この本を一行たりとも読んでいないということの再確認でもある。こういった連中がカウンセリング関係の学位を取っているアメリカというのは、一体どんな国なんだろうか? 
2003年1月14日(火) No.96

あしたこそは
Linda J. Stine: Chinesische Traeumerei? amerikanisches Maerchen Maerchenelemente in Bin und Stiller (1978)を読み始めるも、教授会、センター試験の監督者説明会と文字通りlangweiligな時を経た後、気力が失せ、中断。
「どっちにしても、そろそろ卒論生たちに指導しなきゃならないだから」と自分に言い聞かせ、「論文作法」の続きを書く。(しかし、研究からの逃避というのが本当だろう)
翻訳も出来なかったので、明日は6ページは訳さねば。
2003年1月16日(木) No.97

ようやく・・・
DürrenmattのDer Blindeの翻訳にようやく着手。本日:S.151-153
すでに部分的には訳しているとはいえ、出版を前提にして旧稿に目を通してみるとほとんど使えないことが判明する。しかし、毎日きちんと訳してゆけば間に合うはずである。
2003年1月17日(金) No.98

三行半
Der Blindeの翻訳、S.154の最初の三行半のみ。
「みくだりはん」とも読めてしまうのがいやだ・・・
2003年1月19日(日) No.99

眠い
Der Blinde S.154-155 一時間で一ページ半のペース。眠すぎてこれ以上続けられない。
2003年1月20日(月) No.100

今日は完全に何もなし
全く進展なし。
ここんとこ書き込みがどんどん短くなっているな。何もしていない証拠だ。既に何回も同じ誓いを繰り返しているが、<明日>から毎日、翻訳とゼミの調査の入力とBin oder die Reise nach Peking論を必ずやるぞ!
2003年1月21日(火) No.101

卒論は楽しめるか
 志氣君の卒論第3章の第一稿と東谷君の卒論第1章と第2章の第二稿を読む。
 え? 卒論指導は研究活動じゃなくて、教育活動だから、「ワタシ的」の方に書くべきだって? それとも、最近研究活動が停滞していて「レ―ゼン」方に書くことがないから、こっちの方に書いているのだろうって?
 確かに、普通、卒論指導は教育の一環だ。特に文系の場合はそうだ。(理系の卒論は教授の研究の一パーツを作る作業に近いことがよくあるそうだ)
 しかし、今読んでいる二人の卒論に関して言うと、それはあたっていない。少なくとも全面的には。
 どちらの論文も知的刺激に富んでいるのだ。一時期はやった語彙を使えば、「スリリング」なのだ。二人の卒論原稿を読みながら、私は何度もアカデミックハイを味わった。(もしかすると書いている当人たち以上に。優れたテクストというのはそう言うものだ)。単なる耳学問ではなく、私の研究者としての考え方の枠にいくばくかの変更を加えるような知的インパクトが二つの原稿にはある。
  無論、学術論文としては未熟な点は多々ある。一つ一つの概念の用法や、論の組み立てに荒いところがところどころあるし、引用のももう少していねいにした方がいい。
 そもそも私の赤ペンなしに二人が卒論を提出したとすれば、およそ読むに耐えないものになっていたであろうことも容易に想像がつく。
 (今日須田君(現阪大院生)からもらったメール(卒論サンプルに須田君の作品を使わせてもらったことについての事後承諾メールだ)のなかに、「あの卒論の主要な部分は先生との対話の中で生まれたものなので、半分以上を先
生が書いたようなものだと思っています」という一節があったが、それは誇張である。確かにうちのゼミの卒論は、私があれこれかまいすぎる傾向がある。だがそれは、基本的にはそれぞれの学生のテクストが内包している「可能態」を、現実化させる手伝いをしているだけのことだ。まあ、言ってみれば私の役割は植木屋のようなものだ。つまり天才バカボンのパパである。)
 (一度だけ例外はある・・・)
 しかし、長年この世界で暮らしていると、細かい問題点に赤でチェックを入れながら、同時にそれぞれの論文を「可能態に」おいて享受するといったことは、芸のうちには入らないほどに簡単にできるようになるのだ。
 だから、今回のケースに関していえば、卒論を読むことが同時に、私の研究者としての知見を深める、というかより立体的なものにすることにもなっているのだ。
 このホームページで今年の卒業生の「作品」を公開できる日がいまから楽しみである。
2003年1月22日(水) No.102

進展なし、だが
今日は一分たりとも研究に関わることをしなかった。
畏友山内君(高等教育論)から、「国語力の低下について」というテーマの研究プロジェクトの一環として行う、座談会にナラトロジー研究者の立場から顔を出さないか、というオファーをもらった。目の前の仕事もろくにできてないくせに、即座にOKの返事を出してしまった。
お座敷がかかれば、本務校での仕事に差し支えない限り、喜んで受けさせていただく、というのを基本方針にしているが、自分のキャパシティでは、お座敷は年に二三回が限度かも知れない。
2003年1月23日(木) No.103

狼中年
全く進展なし。ああ。
2003年1月24日(金) No.104

・・・
週末はひたすら睡眠と散歩を繰り返していたので、相変わらず進展はない。
しかし、Nishijo君の書き込みに対してどう答えようかと考えているうちに、「反-体制-運動」とフリッシュの近さと遠さにまで考えが及んだ。それは「文学的アンガジュマン」における「政治」の場と方法をどのように考えるかに関わっている。言説の闘争というのは撤退戦なのだろうか?
2003年1月28日(火) No.105

禁断症状が・・・
長らく研究らしい研究をしていなかったので禁断症状が出て、気持ちにゆとりがなくなってきた。講義が終わってから、書類書きを片づけ、茜屋でBin oder die Reise nach Pekingについての先行研究(Ulrich Ramer: Max Frisch Rollen-Spiele)を10ページあまり読んだらようやく落ち着いた。
2003年1月29日(水) No.106

癒しと苦しみ
Der Blinde S.155-156. 翻訳をするといかにも仕事をしたような気分になって、禁断症状が消える。実際には空き時間にちょこちょこっとやっているだけなのだが。毎朝早起きして、必ず4ページずつ訳してから、「お仕事」を始めると精神衛生にいいかもしれない。
というかこの程度の自己管理をきちんとできていないということの方が問題なのかも。
翻訳をやっていると癒されるのは確かなのだが、ドイツ語のテクストを一字一句ていねいに日本語に直してゆくのは久しぶりなので、なかなかうまい表現が出てこなくて呻吟してしまう。だから傍目には単に苦しんでいるように見えるだろう。ほんとはダブルバインドなのだが。そこでの快楽というのはやはり「もっと私を縛って」というところにあるのかもしれない。少なくともいやではない。
2003年1月30日(木) No.107

にしてもこれだけとは・・・
Der Blinde S.157-158.今日の研究成果はたったこれだけ。丸一日翻訳に専念できれば、20ページくらいは訳せると思うのだが・・・芝居だから改行多いし。
あらかじめ書いておくが、明日もたぶん2ページが限度だろう。
2003年1月31日(金) No.108


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