『無神論と疎外』 第7章 「実存主義と偶像の拒否」 キルケゴールからニーチェを経て、サルトル、メルロ=ポンティ、カミュまでを十把一絡げに「実存主義者」のカテゴリーに入れるというのは、内田樹と藤岡信勝(だったけ)と西尾幹二を「ネオナショナリスト」と一括するのと同じくらい乱暴だとは思うが、まあ、キルケゴールは例外で、後は皆無神論者というのはまあたしかにそうだろう。 だが、フリッシュがよく使う、「偶像」、「選択」、「偶然」といった語彙が、広義の「実存主義」のキーワードだということは理解できた。こういう思想史的な常識というのはきちんち押さえておかないと後で恥ずかしい思いをすることになる。 初心者にとって概論書というのは退屈なものだが、ある程度、論文を書き進んだ者にとっては実に役立つ羅針盤だ。 このカトリック神学者の書いた概論書の中に登場する無神論者の中で、おもしろそうだと思ったのは、デカルトとメルロ=ポンティとカミュ。全部フランス系だ。 年齢的にもフランス語に本格的に取り組むとしたら今年が最後のチャンスだろうな。
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