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☆研究日誌☆

こんなものは本来公開すべきではないのかもしれない。
しかし、不勉強の実態をあえて世間に晒すことで自らを「他律」すれば、
少しは研究も進展するのではないか、と考えた。



2003年4月の日記


おもしろいマン論というだけですでに希有なことだ
田村和彦:『魔法の山に登る トーマス・マンと身体』、関西学院大学出版会、2002年。
昨日と今日の午後を使って読了。ちょうど年度の変わり目に読んだことになるが、自分のこれまでの研究とこれからの道筋を考えるための道しるべとなってくれた。というか、「レントゲン写真」のように、陰画として、研究者としての自分に欠けているものは何かを教えてくれた。

でも眠くて限界なので、感想は明日書こう。
2003年4月1日(火) No.42

gar nichts
見事に何もなし
2003年4月2日(水) No.43

具体物という思考装置
要するに具体的な現実に対する関心が薄いんやな

忘れられない言葉である。私が大学院の一年のときに研究室の助手をしていた岩井八郎さんが私の研究スタイルに対して下した論評である。

どういう文脈でこの言葉が出てきたのか細かいところは忘れてしまった。確か、修士論文での調査に対する私の姿勢に関するもので、(今現在の私の語彙に翻訳すれば)<現実について何かを知ろうとするのではなく、現実を通じて何かを知ろうとする>という関心の持ち方に対する批判の中で出てきたと記憶する。それは社会学者として望ましくないのではないか、と。
 これは私の学問上の弱点をうまく衝いている。具体的なものを手がかりにしないと私の思考は動き出さないが、その思考がつかまえたいと思っているのは、具体的なものをある分析装置にかけたときに見えてくるものなのである。つまり、具体的なものを生活者としての眼差しで眺めたときには(容易には)見ることのできないもの、しかし、具体物がその深層に(あるいは表層にこそ)隠していてその生活者にとっての現れを作り出しているもの(それを「構造」と言ってもいいかもしれない)、それを可視化したいという願望が私の研究スタイルを「作り出している」のである。その意味で、具体的なものへの関心が二次的なものになってしまいがちなのである。「構造」を捉えた後、再び具体的な「現象」へと向かう力が弱いとでも言えようか。

 田村さんの『魔法の山に登る』を読みながら絶えず感じていた<痛み>も、岩井さんの言葉と関係的同一性を持っている。
 この本には様々な「物たち」が登場する。「汽車」、「体温計」、「椅子」、「葉巻」、「レントゲン」、「鉛筆」、「蓄音機」、そして何より「身体(=物体)」。まずこうした「物たち」のその物理的/身体的な性格が説明され、そこから田村さんの思考は「物たち」の持つ「精神分析学的層」へ、あるいは「神話学的層」へ、はたまた「歴史学的層」へ、またあるときには「地政学的層」へと展開してゆく。「個と政治と芸術といういくつものレベルを含み込む複合体としての作品」(田村 [2002:150])に巻かれたいくつもの「層」を解きほぐすかのように。(この本の感想文に葉柳ゼミ方式の注は似合わないなあ・・・)
 この多層的な考察それ自体も魅力的なのだが、ここで問題にしたいのは別のことだ。田村さんの思考は、繰り返し具体的な「物たち」へと回帰してゆき、「物たち」の手触りや香りを十分に味わった後、再び探索行を開始するというプロセスを辿る。解きほぐされた「作品」は再び巻き戻され、その巻き戻しの効果としての差異があらたな「味わい」を「作品」に与えるのだ。そのダイナミズムが私の研究スタイルには希薄であり、そのことが書くものを線の細いものにしていると思う。
 田村さんとは(今はなき)「二十世紀文化と小説研究会」で十年近く一緒に勉強させてもらったが、その間ずっと、「この人には私には決して到達できない何かがある」と感じていた。無論、修士論文の要点をまとめた「ドクトルファウストゥス論」において既に確立されていた円熟味のある文体もその「何か」の一つである。しかし、今回この本を読み始めてすぐに分かったのは、「物たち」の具体性それ自体を決して見失うことなく、その具体性を享受し尽くす(それは決して尽きることはないのだが)中で次なる思考を発芽させてゆく、というスタイルこそが私の感じた「何か」だったということである。要するにそれはテクストをテクストとして味わえるかどうかということだ。
 こうしたスタイルは、研究書としての水準を保ちながら、同時に優れた読みものとしての性格をこの本に与えることを可能にしている。これは希有なことである。私はトーマス・マンについての文献を系統的に読んだことはないが、私が手に取った文献の範囲で言えば、マン関係の本はたいてい「理念的」か「実証的」か「啓蒙的」かのどれかであって、読書行為そのものの楽しみからは縁遠いものが多い。というか、研究者が書いた本というのはほとんどそういうものである。
 正直言って私自身も、現在構想中の博士論文に関しては、読み物としてのおもしろさをほとんど断念していた。フリッシュ研究者の「Kreis(輪)」の中できちんと認められることに重点を置いていたのだ。そして、論文の成果をより広い読者層に知ってもらうための本は別に書こうと考えていた。しかし、それはある種の逃げなのかもしれない。

 先に、「ドクトルファウストゥス論」に触れたが、マン論に関してだけでも、田村さんにはまだ多くの蓄積がある。次なる作品によって、また読書の快楽を与えていただけることを心より願っている。
 あえてお願いを重ねるとすれば、第二次世界大戦以降の時代-思想状況の中でのマンのアクチュアリティについて田村さんがどうお考えになっているのか、「未刊の第二巻」の中で教えていただけると「ワタシ的」にはとてもありがたい。しかし、それは第一次世界大戦までの時期を扱ったこの本の記述を手がかりにして、読者自身がそれぞれの場で考えてほしいということなんでしょうね、きっと。
2003年4月4日(金) No.44

NHK Booksでこの展開はイケてるぞ!
赤間啓之:『分裂する現実 ヴァーチャル時代の思想』、日本放送出版協会、1997年、p.7-55.
いわゆる「メディア研究」のヴァーチャルリアリティ論と違って、ars=artの変容の問題を徹底的に言語に定位して考察した本(のようだ)。いまのところ当り。
2003年4月5日(土) No.45

出発準備はできた
 ここ一週間ほど、公私ともにいろいろあった上に、新学期に会わせてこのHPの移転とリニューアルをやり、内地研究がだめだったので気持ちを切り替えて(やる心づもりじゃなかった)授業の準備をしたりしていたので、およそ研究らしいことはできなかった。

だが、ようやく新体制もととのったので、明日と言わず、今日から研究も再開する。
2003年4月11日(金) No.46

横文字が読みたくなってきた
赤間啓之:『分裂する現実 ヴァーチャル時代の思想』、日本放送出版協会、1997年、p.55-281.

いかに感覚=経験と矛盾しようが、いつの時代も「理念」はそれこそ不意打ちの形で現実に乱入し、世界を見る見方を変えさせる。[……]予測不可能だったという意味で認識も理解も不可能だったものが感覚=経験に馴染んでいるあまたの事象をとつぜん追い抜いて、ぬきんでたリアリティ(感覚的現実性)を得ることもありうる。(赤間:[1977:187])



今ここにあるのは、われわれがこの現実を構成できるばかりか、その構成がそれ自体、決定的な排他性をもちながらも、なおかつ、両立できないはずの他の現実と両立してしまっている(「同じもの」が「別のところにある」)という、能産的な不信である。われわれは不信によって、現実を抹消するのではなく、その代替物をつぎつぎに立てていく。(赤間:[1977:199])



そこ[幼児やパウル・クレーが描くような「混合された横顔」]では、自然には同一の視覚的な枠組みに収まるはずのない事物が、ひとつの「静力学的な構成」のうちに、ごった煮的に共存する。
 そうした特殊な共存関係の実現には、しかし対象となる事物の抽象化、記号化、象徴化が必要だった。事物は現実の制限された文脈から溢れ出るためには、まず、言葉とならなくてはならない。(赤間:[1977:209])



等々、共感しつつ頭をスッキリと整理してくれる箇所はたくさんあるのだが、論理の展開が速すぎてついていけない箇所も同じくらいたくさんあった。「野生児、横光利一、オウム事件、丸山圭三郎、シャンポリオン、聾者の言語、パブロフの犬、クリプキ、ラカン、ストア派、パラレルワールド」といった感じで、一見したところばらばらなトピックが、「言語」を媒介にして、結びつけられていく。たった280ページくらいの中で。参考文献にもあたりつつ再読するか、分かるところだけを分かるにとどめておくか悩むところ。
 にしてももう少し「自分(たち)以外の読者」への配慮が欲しい。ラカンをやっている人に共通する傾向だろうか。

下河辺美智子:『歴史とトラウマ 記憶と忘却のメカニズム』、作品社、2000年、p.3-35.

赤間の本を機内で読了してしまったので、続いて取りだしたのがこの本。筆者は、フェルマンの名著『女が読むとき 女が書くとき(What does a woman want?)』の訳者。虚構テクストの研究者が、「歴史」とか「記憶」とかについてどのように論じうるのか、今後の展開が楽しみである。

にしても、台湾でのシンポジウムのための基礎固めとはいえ、日本語の本ばかり読んでいるのがだんだんストレスフルになってきた。FrischのStillerについての先行研究や、物語論についての欧米の研究書を読み始めることで、精神のバランスを保つことにしよう。(これはしかし病気かもしれない。外国語の文献を読んで、批判的に再検討することに学問的優位を置いていた近代日本の研究者の職業病だ。)
2003年4月14日(月) No.47

しなやかな強さ
歴史とトラウマ』、p.36-139.

きめ細かくテクストを読み解いているところと、常識的クリシェをなぞっているところとの間に落差、ムラがある。どうやらフェルマンから離れた地点で議論をすると平板になりがちである。あと、日本社会での出来事について考察した箇所も。丸山圭三郎がソシュールから離れれば離れるほど、リアリティを失っていったのを思いだしてしまった。この問題は思考の型の「素材」の問題だ。すなわち「鋳型」ではない、変換と変容を組み込んだ型をもった思考かどうかということだ。
2003年4月16日(水) No.48

ちょっとだけ
『歴史とトラウマ』、p.139-202.
アメリカ文学やアメリカ社会について論じているところ(ジェファソンの精神分析とか)は論の構成が緻密でダイナミックだ。
逆に尾崎豊について「同じように」論じていても、どこか単調である。よく調べてあるとは思うし、論理的に破綻しているわけでもないが、地の文がトラウマ論の決まり文句(それも割と通俗的な)に近くて、読むのがつらい。

単にアメリカについてはあまり知らないので新鮮だが、日本については自分なりの情報と解釈があるので評価が辛くなるだけかもしれないが・・・・
2003年4月17日(木) No.49

要リハビリ
金曜日:『歴史とトラウマ』、p.203-386。
 飛行機の中でようやく読了。やはりアメリカについて書いた箇所はおもしろい。「国民国家のヴォイス・トレーニング ?アメリカ合衆国と建国のトラウマ」という章を読んでいるときに、「アメリカ合衆国」を「スイス連邦」に変えたら、ここでいわれていることのほとんどはスイスにも当てはまる、ということに気づいた。その瞬間、フリッシュの中編『学校のためのヴィルヘルム・テル』は、自己言及的な「想像の共同体」のディスクールにたいするアンチ(というかクゥイア=斜め)テクストであり、そのアイデアをとっかかりにして、「アンガジュマンの作家としてのフリッシュ」を再構成することができ、そしてそれは自分のこれまでの(そして今後に三年の間の)フリッシュ研究のアンチテクスト(いや、相補的関係を成すテクスト?)となることを確信する。
 ただし、下河辺の議論でも気になるところだが、一人の人間が語りえぬものを語るのと、ある集合的なものがそうするのと間には、存在論的隔たりがある。「私」から「私たち」への道のりは限りなく遠い。最近の集合的記憶論者はその隔たりを一気に跳び越えてしまう傾向があるような気がする。つぶやきにすらならぬ「声」から、直接民主制の広場での「ヴォイス・トレーニング」までの間にある道筋をできるだけ細やかにたどっていくこと。それなしに「アンチテクスト」を書くことはできない。少なくとも自分は。

スラヴォイ・ジジェク:『汝の症候を楽しめ ハリウッドvsラカン』、筑摩書房、2001年、p.1-24.
訳者はあの鈴木晶先生。鶴舞線の中で読み始める。『歴史とトラウマ』を読みながら、高橋哲哉といい、岡真理といい、下河辺といい、トラウマ的な記憶と芸術との関係を繰り返し問題にしながら、芸術の中にある「作り」、「遊ぶ」という契機をほぼ完全に捨象しているのはなぜかという疑問が次第に大きくなってきた。彼らに取った症候というのはひたすら「苦しむ」ためのものとしてある。だから、次に何を読もうかと思ったとき、「楽しめ」という言葉に魅かれてしまったのだ。

土曜日:Walter Schmitz: Materiaien zu Max Frisch >Stiller< Erster Band. Suhrkamp. 1978. S. 7-23.
 昨年の初秋に学会で『シュティラー』の「ほら話」について発表して以来、まともにドイツ語の本を読んでいなかったが、夏休み中にこの「ほら話論」を論文にまとめることにしたので、その下準備としてこの読み始めた。秋以降、言語環境論の講義ノートづくり、歴史と物語論ための読書をしていたせいもあって、学会発表時よりも構想は立体的になった。「想像の共同体としてのスイスにとってシュティラーのほら話かくも不快なのはなぜか」、といった問いから書き始めると割と説得性のある論文になるのではなかろうか。7月中旬締め切りのシンポジウム原稿と「相互サブテクスト」的関係にもなることだし、なんとかまとめ切らねば。
 とりあえず、編者Schmitzの序論を読んだが、もともとSchmitzの文体が好きじゃない上に、しばらくドイツ語から離れていたせいもあって、なかなか頭に入ってこない。しかたがないので、他の論者が担当している章をぱらぱらとめくってみたら、特に読みにくいというわけでもない。というわけでSchmitzが悪文家なのだという(自分にとって都合のいい)結論に至った。
 にしても読むスピードが遅くなっている。語彙力はほとんど落ちていないが、書き言葉のドイツ語を読むときのリズム(というか頭の構え)が失われている。リハビリせねば。
2003年4月20日(日) No.50

非線形的生の感覚をめぐって,
Walter Schmitz: Zur Entstehung von Max Frischs Roman >>Stiller<<. In: Materialien zu MFS I S.29-34.

カギになるのは「語りたいという思い/語る悦び」(Erzaehllust) (29)と「思いつきを抱いているという胸を締め付ける感情」(das beklemmende Gfuehl einen Einfall zu haben) (30)が結びついていることだ。
「私は主観的な経験から出発しました」(31)ハ、と言うように、それはさしあたり「外部」からくるものではない。

「すなわち、私は存在する(bestehen)ために書くのです。しかと分かるために書くのであり、表現するために書くのです。[……]遊び/演戯の衝動と正当防衛(Spieltrieb und die Notwehr)、つまり亡霊[的不安]たち(Gespenster)を壁に貼り付けておくために」(32)

しかし、Einfall Notwehr Gespensterといった言葉は、「私」の外部、少なくとも「私」の意識の「外部」の存在を前提として初めて成り立つ。というより、確かに主観的な経験でありながら、それが「私」にとって透明でないものを含んでいること、「私」はそれに対してどこか受動的であること、すなわち統御の権能を持っていないこと、この「私経験」がフリッシュの出発点なのかもしれない。

Max Frisch: Konfrontation mit Julika. In: Materialien zu MFS I S.35-36.

「冗談とほら(Fabuliererei)によって粉飾され偽装されている想い出」(35)。

「かつてあった生とあこがれの生との同時性、行為と夢の弁証法、これらが一緒になって初めて一人に人間の現実(Rialitaet)を生み出すのであり、このロマーンの構成を規定しています」(35).

『ガンテンバイン』を経て、『モントーク岬』に至る道はすでに『シュティラー』執筆の時点で測量されていた。それを踏破するには四半世紀もの歳月が必要であったのだが。いや、「踏破する」という言い方は適切ではないかもしれない。「変奏する」という方が正確だ。変奏の度に力点がずらされ、変形を被ってはいるけれども、内に折り畳まれたものの展開なのだ。ただし、そこには時間という変数が介在するので、「発展」だと錯視されるだけなのだろう。
2003年4月21日(月) No.51

言語の否定的媒介性にとどまること
Karlheinz Braun: Max Frischs >>Stiller<<: Sprache und Stil. In: Materialien zu MFS I S.39-51.

こういう文体分析になるとネイティヴとそうでない者ではいろんな意味で差がついてしまう。

「語り手の反省する意識が駆動力なのであって、出来事それ自体がそうなのではない」(43)。
「語り手は突然、現在形から過去形へと移行する。しかも、この転換は、何らかの外的な状況に条件付けられての者ではないのである」(43).

「時制の転換によって語り手は常に漂いの中にいる、ある時は役割から距離を取り、あるときはそれに同一化しているのだ」(44)

「順列の美学」の時代になると時制や人称の特異な使い方はますます頻繁になる。しかし、Stauffacherが次の論文で述べているように、それは「不条理」を企図するからではない。フリッシュにあって方法は常に語り手「私」の置かれている「物語状況」とロジカルに結びついている。その意味で極めて忠実な「現実の再現」が行われているとさえ言える。たとえそれが結果として伝統的なリアリズムの破壊となっていようとも。

Werner Stauffacher: Sprache und Geheimnis ? ber die letzten Roman von Max Frisch. In: Materialien zu MFS I S.53-61.

1946年の『日記』にある「言語と神秘」についての考察が『シュティラー』においてどの程度実現されているかを検討した論文。

途中まではおもしろかったのだが、第二章の末尾で、Stauffacherはシュティラーの見た「天使」が、結局のところ、「言いえないもの」としての「神秘」の表象にはなりえていないことを批判する。しかし、「天使」というシニフィアンが「表面的な軽薄さ」にとどまっている、と「理論的水準に達していない」(61)といった評価こそ「表面的で軽薄」なのではないか。

シュティラーは確かに「天使」を肯定形で説明したり、ましてや、生において「肯定的な実現」提示することはできなかった。神学的語彙を使いながら、神学的論理は拒絶したとき、「天使」は、否定形によって輪郭を取り囲むことによってしか、レファレンスに近づきえない。だから、それを直接名指すことも、生きることもできないのだ。しかし、それこそが偶像否定の論理の明晰な帰結ではないのか?
2003年4月21日(月) No.52

まあ、症例としてなら言及できるけど・・・
Werner Stauffacher: Sprache und Geheimnis über die letzten Roman von Max Frisch. In: Materialien zu MFS I S.61-68.

昨日の論文の続き。結論から言えば、少なくとも現在の研究水準からから見るとあまりにもナイーブ過ぎる。<「語り得ないもの」に漸近するために否定形で語るだけが文学じゃないでしょう、言語によって肯定的な想像は可能なはずだ>ということを言いたいようなのだが、『ガンテンバイン』を読んで「各部分はおもしろいが全体としてはわけが分からない」などとぼやいているようでは、「語り得ないものを、ひとはそれでもなお語ろうとする」のはなぜかということに答えることはできない。

確かに、『日記』から『シュティラー』の頃のフリッシュの思想と実践にはある種の不徹底さはある。「語り得ないもの」を「神秘」とか「天使」というシニフィアンと結びつけてしまうところにそれは現れている。しかし、60年代の「順列の美学」の時代には、フリッシュは決してこうした神学的比喩は使わなくなる。そこにあるのは、フロイト-レヴィ=ストロースをつなぐライン上にある、「構造=変奏」の思想と実践である。

そして、この「変奏」の原理が最初に実験されたのが『シュティラー』であったと見るべきなのだ。その実験のかなりの部分が「神学的」パラダイムのなかで行われたとしても。
2003年4月22日(火) No.53

読むには読んだが
午前中はMaterialien zu MFS Iの続きを読んだのだが、午後はパソコン修理の件で生協やIBMにクレームの電話を入れたり、会議に出たりしているうちに過ぎてしまい、晩は科研の書類作りに思いの外時間を取られてしまった。
だから今日の記録は明日まとめて書くことにしよう。
2003年4月24日(木) No.54

やはりデュレンマットは別格
木金土とStillerについての論文+資料集をポチポチと読んでいく。

Walter Jens: Erzaehlungen des Anatol Ludwig Stiller. In: Materialien zu MFS I S.69-75.

Stauffacherの論文に比べると、さすがにイェンスは分かっている。言説の相互否定と相互相対化と相互異化の効果を引き受けるのは作者ではなく、語り手と読者なのだ。ただし、諸言説の「モザイク」という比喩は多少外しているような気はする。<「私」の周りに立てられたいくつもの(ゆがんだ)鏡たち(に映った自分の姿から私とは何者なのかを推測する)>というのが<私>に映ったイメージなのだが・・・
 「心的-想像的領域におけるピカレスク」(75)というのはよくわかる。ピカレスクロマーンの語り手たちもほら吹きばかりだから。「事実は重要ではないのだ」(75)。では何が?

Friedrich Duerrenmatt: >>Stiller<< Roman von Max Frisch. Fragment einer Kritik. in: Materialien zu MFS I S.76-83.

イェンスの後にデュレンマットを読むと、気の毒になってくる。無論、イェンスの方が。
 最近、デュレンマットの思想の射程はあまり長くないのではないかと感じていたのだが、少なくとも初期のシュティラー論の中で、この論文は間違いなく最も長く再読されつづけるものだろう。

「一回性のものの本質は形式にある。一回性のものは一回性の形式を前提とする。あるとくべつな出発状況に規定されて。(一回性の形式は選択可能なものではなく、救いとして、不可避なものとしてつかみ取られなくてはならないのだ)」(76)

「[この形式から]さまざまな地平が生み出される。私たちが、参加すれば/一緒に演戯すれば。何も考えずにではない。むろん。私たちが参加している/一緒に演戯しているという意識をもって、全ては、私がちが自発的に受け入れている、不可避的な演戯/競技規則なのだという意識をもって、参加すれば/一緒に演戯すれば、である。」 (81)

フリッシュとデュレンマットは後に疎遠になってしまうが、この1954年という時期に、演戯(Spiel)のモメントを『シュティラー』からきちんと引き出していたのはデュレンマットだけではなかろうか。

Karlheinz Braun: Der Erzaehler in Max Frischs >>Stiller<<. in: Materialien zu MFS I S.83-94.

退屈。おもしろいのはKayserからの引用箇所だけというのはかなり情けないぞ。たぶん有名な教授の論文なんだろうけど、たんなる作業としての研究の典型だ。

Karlheinz Braun: Die Tagebuchform in Max Frischs >>Stiller<<. in: Materialien zu MFS I S.95-102.

こっちの論文の方がだいぶまし。「最も主観的な」言説の形式としての「日記」が、何らかの意味で客観的な正確を持つようになるための条件を探る、という軸がしっかりしているからだ。
 にしてもこういう「手堅すぎる」論文を書いて楽しいのだろうか。楽しいんだろうなきっと。
2003年4月27日(日) No.55


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