lesendenkenschreiben

☆研究日誌☆

こんなものは本来公開すべきではないのかもしれない。
しかし、不勉強の実態をあえて世間に晒すことで自らを「他律」すれば、
少しは研究も進展するのではないか、と考えた。



2003年7月の日記


名前はみんな知っている
 自主講座の準備のためにトラウマと物語行為に関連する既読の本の重要箇所を再読するとともに、それらに引用されているフロイトのテクストの該当個所を原文と比べながらチェックしていった。

私も翻訳はあまり上手くないので人のことは言えないのだが、現行の人文書院版は訳者によってわかりやすさにかなりの違いがある。複数の、しかも学識があってかつ個性の強そうな訳者がそろっているので、訳文を統一することは難しかったとは思うが、このままでは読みやすい訳文のテクストに偏ったフロイト受容は避けがたいのでは、と危惧してしまう。

授業などで使いたくても、ドイツ語原文と対照させない限り、「フロイトは難解である」という誤解を与えてしまうだけではないか、と不安になってしまうのは私だけだろうか?

(正直に告白するが、大学に入学してすぐに読んだ某文庫版の何冊かはさっぱり理解できなかった。無論、私の理解力それ自体にも問題があったのだが、文体にどうしてもなじめなかったのだ)

聞くところによれば、現在、新しい日本語訳フロイト全集が準備されているそうだが、この全集ではぜひ読みやすい文章を心がけて欲しいものである。

日本の臨床心理学の現状を垣間見るに、フロイトは最近きちんと読まれていないと推測されるが、それは少なくとも日本の場合、訳文がわかりにくさや、古めかしさに負うところがかなりあると私はにらんでいる。

しかし、フロイトはまだまだこれから繰り返し何度も読まれ、再解釈されるべき思想家である。少なくとも私の守備範囲ではそうだ。

そんなわけで、未刊の新訳に期待するところ大である。
2003年7月1日(火) No.112

虚構のトラウマ記憶
 引き続き、トラウマについてのノート作り。
自主講座一回分に見合うノートの分量はおおよそ4ページ弱=5000字というところである。

しかし今回は7ページも作ってしまった。それでも、調べたり考えたりしたことの半分もノート化できていない。

自分のまとめ方が悪いのか、テーマそれ自体が次々と新たな知見を生み出していくのかどちらかであろう。

幸い、次回は火曜ではなく金曜にやることにしたので、今週はやり残したトラウマ論のノートを片づけてしまうことにした。虚構論は週末以降でなんとかなるだろう。

自分としては四月以降考えてきたことが少しずつ繋がりつつあるのを感じるのだが、他の参加者諸君がそれを感じてくれているのかいささか不安でもある。
2003年7月2日(水) No.113

まだまだ続く
今日もまた、トラウマについてのノート作り。

トラウマを自らの学問の中にどう位置づけるのか。トラウマについて言及するということそれ自体が、主体をこの問いに直面させる。もちろん私自身をも。

「語るしかない、しかし、語ることは不可能だ」

このアポリアは、この時代に人間と社会についての知に関わってる、すべての人間が解こうとするより他ないものだ。「最終的」答など決してありはしないし、あってはならない、としりながら。
2003年7月3日(木) No.114

11年後の再読
コリン・マッケイブ:『ジェイムス・ジョイスと言語革命』、筑摩書房 1979=1991。

11年前にこの翻訳を読んだとき、正直言って、よくわからない箇所がたくさんあった。以前、内田樹さんが、ラカン業界内部のジャルゴンで書かれた「ラカン入門」を書評の槍玉に挙げたことがあったが、この本もポストモダンなジャルゴンだらけだ。

しかし、11年前にこの本を読んだとき、私は自分が逃れようとあがいているものの正体が何であるのかを初めて知った。それはリアリズムという名のアメーバであった。

無論、それまでにもリアリズムについての議論は何度となく目にしていたはずなのだが、どういうわけかそれらが私のアンテナにキャッチされることはなかった。

筒井康隆が唯野教授関連本で、身代わりの早い批評家として指弾したのがこの本の著者マッケイブである。しかしそんなことは私にとってはどうでもいいことである。この本を読む過程で感じ取った知の構えのようなもののおかげで、研究課題にしろ、芸術の好みにしろ、いやそれどころか生きること全般に対する姿勢にしろ、自分がほとんど身体感覚的に為していた選択の由来するところが何であるのか理解できたのである。

それもまたアンチリアリズムという一つの物語かもしれない。しかし、今でもそう思うのだが、それは生き切ってみるに価する物語であり、その果てにしか物語の外部にはたどり着けないような物語なのだ。

今回の再読は、自主講座で語り得ぬものとリアリズム/アンチリアリズムとの関係を考えるためのものだ。これまでの再読と違うところは、英語の原文を入手して、訳文ではよくわからないニュアンスを確認しながら読んでいるところである。(これまでの経験からして、翻訳書を読んでよくわからないときに原文に当たってみると、訳者の文体が邪魔になっているということがよくある。無論、単なる誤訳という場合もある。)

リアリズムの問題をうまく位置づけられれば、自主講座の議論にうまくまとまりが出るというのが現時点での予感である。(「予感」だから論理的にきちんと詰めたわけではない)
2003年7月7日(月) No.115

亀の歩みにも似て
昨日再読を終えたマッケイブの本のノート作りをした。普通なら半日で終わるのだが、細かいニュアンスに至るまでていねいにやりたかったので、ノートしたい箇所に関しては和訳と原文を照らし合わせながら作業を進めたら、全然進まなかった。誤訳という程の間違いがあるわけではないのだが、訳文を読んだだけでは意味がスッと通らないところの大半は、やはり原文ではなく訳文が日本語としてこなれていないことがわかった。

それを考えれば、フランス語をほとんど読めないのは研究者としては致命的だな。訳書だけ読んでもなんのことなのかよくわからない本が多いのだが、それが何に由来するのかが分からないと引用するのにも勇気がいる。

今からでもフランス語を読めるようにトレーニングするべきだろうなあ・・・
2003年7月8日(火) No.116

進んでいるのだろうか?
 マッケイブの翻訳と原文を照らし合わせる作業はていねいにやればやるほど時間がかかり、すっかり疲れてしまった。

翻訳というのは単独でやるか、よっぽど気のあった人とやるのでなければ、ほとんど人間関係を悪化させるためだけにやるようなものだということが、この作業から逆照射されてくる。

久米博:「準=物語テクストとしての神話・夢・幻想」 所収:『思想』 735号(1985年9月) p.101-110.

富山太佳夫:「物語、歴史記述、ディコンストラクション」 所収:『思想』 735号(1985年9月) p.111-119.

E・アウエルバッハ: 『ミメーシス 下』 篠田一士・川村二郎(訳) 筑摩書房 1946=1967。

ヘイドン・ホワイト:『歴史と物語』 海老根宏・原田大介(訳) ≪リキエスタ≫の会 2001年。

Hayden White: The Burden of History. in: ders. Tropics of Discourse Essays in Cultural Criticism. The Johns Hopkins University Press 1978. p.27-50.

今週は歴史の物語り論についての基本書を読んでいった。一度一夏全部使ってホワイトの著書を全て通読してみたい。しかし一体いつの夏だ?

久米や富山の論文の出版年1985年とは、私が卒論を書いた年(タイガースが前回優勝した年)だ。あの当時、既に出来事の記述の問題に直面していたはずなのだが、どういうわけか私のアンテナにこの『思想』9月号が引っかかることはなかった。可聴範囲がよほど狭かったのだろうか。その後、いつこの巻を手に入れたのかなんの記憶も残っていない。裏表紙に鉛筆で値段が書いてあるので、古書店で買ったことは間違いない。多分梁山泊だろう。いずれにせよ、18年の後、ようやく私はこの巻を読むことになった。そして今年はほぼ間違いなくタイガースが優勝するだろう。(だからなんだ、と言われても困るが・・・)
2003年7月11日(金) No.117

モノ頼み
 自主講座の仕上げである「勉強合宿」での発表原稿、さらにはそれを再検討して仕上げるつもりの論文(7/31〆切)を書くために必要な書物をおおよそ読み終えたので、原稿の執筆に取りかかった。

マック+ナイサスライターという体制で論文を書くようになってから、草稿の執筆はほとんどシュールレアリズムの自動筆記あるいは巫女のお筆先のようなものになってしまった。

この段階では、意識的に頭を使うことはない。無論、使ってはいるのだが、ロジカルに考えることはしない。

すると、「ゆがんだ真珠」どころか、「メビウスの輪」を幾重にも縒り合わせたようなテクストが出てくる。

それから、今度は頭のモードを変えて、そのテクストを、章、節といったツリー構造に整序してゆく。

この段階での頭の使い方は、「みこ(巫女)」ではなく、「さにわ(審神者)=霊能者に憑(カカ)った霊を見極める役目をする人」のそれである。

近代日本において魅力的な民衆思想を生み出した新宗教の多くは、身体的ないしエロス的直感をもった「みこ」だけではなく、ロゴス的思考に優れた「さにわ」を指導者に持っていた。(大本教などがその典型である)。

少なくとも私の場合、「みこ的なもの」と「さにわ的なもの」のバランスがうまく取れたときには、いい論文が書けることが多い。

で、とりあえず、整序されたテクストを、元々のノートや参考文献と照らし合わせているうちに、再び「みこ」状態に入る。すると、個々の章や節の内部は再びバロック状態になる。あるいは場合によっては、章や節の境界がメビウスの輪のように溶解してしまうこともある。

そうして再び「さにわ」に戻り、コンテクストを共有していない読者にも理解可能な形にテクストを整えてゆくのである。

こうして少しずつ論文が出来上がってゆく。このプロセスを楽しむために論文を書いているような気になるときさえある。
2003年7月13日(日) No.118

はてしない物語
 論文の草稿が今日の午前中の時点で400字詰め原稿用紙で28枚くらいある。まだノートの1/6程度しか参照していないというのに。

厳格な「さにわ」になって、よけいな枝葉を落としていって、「起承転結の結構を整え」たとしても、このままでは楽に100枚を超えてしまいそうだ。

制限字数は注を入れて50枚。

「語りえないもの」に話を集中させ、饒舌なコメント、「ポリティカリーにインコレクト」な部分をできるだけ「圧縮し変形」してなんとか制限内に収めなくてはならない。

しかし、それではあまりももったいないし、いずれは「文化表象論」「文化構造論」の講義ノートと併せて本にしたいとも考えているので、150枚くらいのlong versionを夏休み中に書くことにしよう。

とはいえ夏休みは夏休みで、『シュティラー』論をまとめる仕事もある。読みたい本もほとんど無限にある。翻訳もいい加減なんとかしなくては他のメンバーに申し訳ない。

そう言えば宮崎さんとの連名論文もあった。

須田君との連名論文の審査結果次第では書き直し作業も入るかもしれない。

これらはみな自発的にやっている仕事だし、どれもおもしろそうなのだが、優先順位をどうやって付けたらいいものやら。
2003年7月15日(火) No.119

ロマン派の影
E.t.A.ホフマン:『砂男』(Der Sandmann)
S.フロイト:『不気味なもの』(Das Unheimliche)
種村季弘(訳)、河出書房(文庫)、1995年。

フロイトのテクストを手に取ったことがある人なら誰でも知っていることだが、フロイトの精神分析学には、19世紀さらにはそれ以前のヨーロッパ的な知がさまざまな形で流れ込んでいる。そして自分がよく知らない知の領域についてフロイトが言及し始めると、一体何が言いたいのかさっぱりわからないことがよくある。だが、こうしたわからなさに我慢強くつきあっていると、別のしかし自分にもなじみのあるコンテクストに突然ぶつかって、それまでのわからなさと接合されるという経験をする。

「他人の本当の気持ちが分かったらいいなと思って」などという陳腐な理由で「心理学」を始めた連中はこの時点でもうフロイトを放り出し、論文を書く際には、フロイトではなくフロイトについて書かれた口当たりの言い入門書を読み、それを孫引きして、体裁を整えるのだろう。

いや、それはまだましな方で、フロイトなどもう古い、と宣って、結局はフロイト以前にとどまっている輩もたくさんいるようだ。

それではフロイト批判にはなっていない。非難ですらない。単なる知的怠惰に過ぎない。

複数のコンテクストが折り重ねられて新しい知が作り上げられてゆく瞬間に立ち会うことを厭う人間は、永久に入門書というベビーフードだけを食べ続けて、インターネットをベビーカー代わりに使っていればいいのだ。(書物やインターネットが持つ他のあらゆる可能性に目を閉ざすことで)

-----

いきなり、いちゃもんモードに入ってしまった。本来書こうとしたのはこういうことではなかった。

フロイトがロマン派の作家ホフマンから得た洞察について書こうと思ったのだ。

ロマン派の運動それ自体は、近代批判のモメントが過去への回帰というもう一つのモメントと結びついたことで、挫折してしまったが、この運動はさまざま形で19世紀末から20世紀初頭にかけての知の変貌、とりわけthe revolution of the wordに影響を及ぼしている。

フロイトは、ホフマンのテクストを自らのテクストに織り込むことで、近代合理主義によって抑圧されたものが神経症的不安となって近代的主体に立ち現れるメカニズムを明らかにした。フロイトによって見出された読み筋を、ホフマンのテクストの中でていねいにたどり、さらにそれを読む者というもう一つのテクストに折り合わせてゆくという、二重、三重の楽しみをこの本は与えてくれる。

その意味で、『砂男』と『不気味なもの』を、共に種村季弘訳で合本にして出版した河出書房の編集者(内藤憲吾という人だそうだ)は慧眼の出版人だと思う。


上野千鶴子:『ナショナリズムとジェンダー』、青土社、1998年。

上野が「従軍慰安婦」問題を縦横に論じた本。最近上野が書いた本は、彼女が若い頃に書いた本に比べて、どうも「先生」的雰囲気が強くなりすぎていて、読みづらかったのだが、この本は、そのテーマにもかかわらず、久しぶりに上野の頭脳の切れ味の良さを堪能させてくれた。

特に注目していたのは、「記憶」の政治をめぐる上野のスタンスである。というのも、岡真理や高橋哲哉は、上野の構築主義的立場からの発言に対して、徹底的(とはつまり、理論的、倫理的、(そして感情的?))に批判を加えているからである。彼らが批判している当該箇所を上野自身のコンテクストの中で再読しなくてはフェアな判断はできないだろう。

結果から言えば、上野の言っていることにほとんど違和感はなかった。構築主義は「歴史を作る」言説の闘争のための理論的背景を形作っている。しかも、闘争相手つまり「新しい歴史教科書を作る」人たちにも(少なくともさしあたりは)同じ条件を与えている。「歴史の語り直し」の闘争はそれを前提にしてスタートするのだ。現実が偶有的であること、すなわち「他のようでもありうる」ことを認め、そこからねばり強く「もう一つ語りのネットワークを上野は構想しているようだ。こうしたプロセスをすっ飛ばして、「正義」を基準にし、恫喝の語法で他人を「審問」し「裁く」というやりかたでは、結果として悪しき意味での「相対主義」を教化するばかりだということを上野は熟知している。

Ich zögere nicht,zu sagen: ein gutes Buch.
2003年7月17日(木) No.120

二つのテクストの間で
自主講座のレジュメは、一回目を除いて、参加してくれた院生&卒業生諸君に書いてもらい、それをそのままインターネット上に掲載している。

結果としてはレジュメと言うより、講義録に近いものになってしまった。

掲載する際に私は内容に一切手を入れていないので、この「講義録」は、私がしゃべったことがどのように聞かれたのかということの記録である。

昨日、私自身の講座用ノートとインターネット上のレジュメを共に参照しながら、論文の原稿を書いていて、はたと気づいたのだが、聞き手は話し手が意図してしゃべったこと以上のことを聞き取っている場合がある。

無論、明らかな事実誤認や聞き間違いも散見されるのだが、議論の要所要所で、私のノートでは一行くらいで軽く触れられているにすぎないポイントが数行に亘って詳述されていたり、私自身も正確には分節化できていなかった理路がわかりやすく説明されていたりする箇所がたくさんあるのに驚いた。

私がしゃべったことを一字一句忠実に再現してもらうよりも、こうした間主体的かつ間テクスト的「講義録」の方がはるかに知的刺激に富んでいる。そこには「文責者」というテクストが織り重ねられているからだ。

といったことに気づく前に、自分のノートと「講義録」を合併して「完全版」を作ろうとして二時間あまりを費やしてしまった私は実に愚かであった。二つのテクストは、少なくとも部分的には、既に独立したものとしてあるのだ。

今度から他の講義でもやってみてもいいかもしれない。
2003年7月18日(金) No.121

まとまらん
こまめに時間を見つけては論文の草稿を書いているのだが、一向にまとまらない。というか、論と論のつなぎを丁寧にやろうとすればするほど、長くなってしまう。かといってエッセンスだけを取り出しても、かえって読者の誤解を招くだけだろう。ましてや今回は中国語にも翻訳されるわけだし・・・。

まだ、論の流れから言うと、まだ1/3くらいしか書けていない。なのに字数的には既に規定枚数を超えてしまった。

やはり7/15に考えたようにするより他ないのだろうか?

とはいうものの、今回の仕事を通じて、18年前(タイガースが前回優勝した年)、私が自分にかけた「呪い」が少しずつ解けつつあることを実感することができた。

中山みきの「お筆先」や伝記的資料を収集し、読み解く過程で、「出来事を記述することを可能にするものは虚構ではないのか」という問いが頭をかすめながらも、それに取り組むとエリクソンのアイデンティティ論それ自体の虚構性を問題にせざるをえなくなり、卒論が書けなくなることは明らかだったので、その問いを抑圧してしまったのだ。だが、この抑圧という行為それ自体が「呪い」として、その後の私の「学問的個人史」に強い影響を与えてしまった。

今回の仕事の中で、歴史と個人史の交差する界面について、これまでの自分の研究よりもはるかに広い文脈上で考えることになり、「呪い」の由来がなんとなく見えてきたのだ。

思えば、こういうコンテクストで「呪い」という言葉を使ったのもエリクソンであった。
2003年7月20日(日) No.122

19世紀を19世紀的に批判する?
「勉強合宿」中にやったことを一言でまとめれば、4月以降に自主講座のために書きためたノート、総計約130000字を20000字の「起承転結の結構を備えた」(野家啓一)テクストへと整えていくための「プロット化」(ヘイドン・ホワイト)である。

これは実に奇妙な作業である。というのは、研究のテーマそれ自体は、出来事に「起承転結の結構を」与えるという行為が孕む「暴力」を批判しているのに、その批判のテクストたる論文の形式はある種の「起承転結」や「序破急」といった「プロット」に沿わなくてはならないからである。

「語る内容と語る行為との間のズレ」を問題として取り上げる論者が、自らの物語行為の形式に対して盲目であることを指摘するもう一人の論者が、自らの為す当の指摘それ自体の語法には無頓着であることを指摘する第三の論者が・・・・といった言語行為論的無限後退を生む原因となったのは言語行為論それ自体である。

かといって、いまさら19世紀的な言説のスタイルに居直ることもできない。

とはいうものの、論文という思考と記述の方法を解体すればいいというわけでもない。

無論、新しいスタイルを実験することは可能であろう。しかし、村上春樹が「文学」という制度の「継続性」の中においてのみ語りうることにこだわり続けているように、「論文」という制度にも「継続性」というものはあり、その「継続性」の中で考え、書く限りにおいて、どんな平凡な人間でも「継続性」に参加できるのだ。とはつまり、たいていの場合ほんの少しではあるにせよ、確実に「知」の書き換えを行うことができるのだ。

だから、「論文」という制度は、一般に思われているのとは反対に、極めて庶民的な制度なのだ。人類の歴史上、最も庶民的だといいうるほどに。

それに比べれば、他のあらゆる言説の制度は運命論的かエリート主義的かのどちらかだ。

別の言い方をすれば、他のあらゆる言説の制度において、圧倒的大多数の人間は、同語反復に陥るか、自爆するかどちらかなのだ。しかも、本人がそのことに気づかないままにそうなってしまう、という程度には「セーフティネット」が整備されている(?)のでよけい質が悪い。(ついでに言えば、自爆よりも同語反復の方がはるかに多い)

「論文」という制度に反感を覚えて、「俺は俺のリアルを自由に表現したい」などと決意する人間の「運命」を想像すれば、そのことは理解できるだろう。

というわけで、「論文」という制度の「継続性」の中に身を置きながら、そうしている自分に対する含羞の眼差し持ち、さらにその眼差しを持たざるをえないことについての「注釈」をつけ続けることが私にとって可能な学術的記述のスタイルなのである。
2003年7月27日(日) No.123


[Admin] [TOP] [LIST]
shiromuku(pl1)DIARY version 1.33