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☆研究日誌☆

こんなものは本来公開すべきではないのかもしれない。
しかし、不勉強の実態をあえて世間に晒すことで自らを「他律」すれば、
少しは研究も進展するのではないか、と考えた。



2003年9月の日記


浴びるように
・松下正己:「越境の地平 映画館論」、「工場の出口から遠く離れて」 所収:内田樹&松下正己、『映画は死んだ 世界のすべての眺めを夢見て』、いなほ書房、1999年、p.150-181、214-245.

・内田樹:「大いなる青 リュック・ベンソンの冥界」、「CINE-OPIUM<映画的身体>論」、 所収:内田樹&松下正己、『映画は死んだ 世界のすべての眺めを夢見て』、いなほ書房、1999年、p.120-149、182-213.

私は自伝的語りを読むのが好きだ。日経に連載されている「私の履歴書」のようないわゆる社会的「成功者」の自伝から、単なる履歴書の切れ端のようなものまで、あるいは、伝統的な自伝的語りの枠内にきちんと収まるものから、それが個人史について語っているのか単なる思いつきを記述しているのか判然としていないものまで、その形式や内容に違いはあれ、「私が私について語る」という不可能を内包している語りに対する偏愛は長らく私の研究を突き動かしてきた。

「社会的成功者」の自伝などどこが面白いのかという意見もあろう。それは単なる自慢と自己美化のフィクションではないかと。そうなのだ。その通りなのだが、だからこそ面白いのだ。

いかなるテクストも読みの水準の設定次第で読むに値するものになりうるのである。

さまざまな自伝的記録を読む中で私はそのことに確信を抱くようになった。

『映画は死んだ』もまた「自伝的記録」である。とりわけ松下さんの担当している諸章はそうだ。無論、この本は映画論なのだが、そこには書き手の個人史が、少なくとも映画的個人史が書き込まれている。そのことはあとがきを読めばよりはっきりする。35年前の二人の早熟なSF少年の出会いの孕む可能性の一つがこの「共著」だったのである。

政治家であろうと、スポーツ選手であろうと、学者であろうと、いかなるジャンルの住人であれ、いい仕事をしている人間の自伝的語りの中には、必ずスプリングボードとしての「濫読」時代についての記述がある。無論ここでの「濫読」とは、「濫観」であったり、「濫走」であったり、「濫旅」であったり、「濫会」であったりする。しかしいずれにせよ、「濫の時代」が、17-27歳くらいの時期にあって、そのことがその後の人生のスプリングボードとも、土台ともなった、という話形が、直接的にではあれ、間接的にではあれ、出てくるのだ。

これはあくまでも話形なのかもしれない。しかし、「濫の時代」だと事後的に解釈しうるような段階を経てきたという確信なしに、「いい仕事」を自らの生の中に位置づけることはできないという意味では、リアルな経験である。

「濫の時代」というのは、ただ単にたくさん読んだ時期というのではない。たくさん読むというのは前提に過ぎない。口当たりのいいものばかりをたくさん読んでも、それがスプリングボードとなることはないだろう。むしろ、口当たりの悪そうなものも、とうてい咀嚼できそうにもないものも、それをおいしく食べる方法をなんとかして編み出そうと試みること、食べ方次第では口当たりのいいものよりもより大きい食の快楽を与えてくれるのではないかと考えてみることが、「濫の時代」には必要なのではないだろうか。

その時代を経て初めて、書物のオーラを感じて、ページを開く前から面白いかどうかを判断するといった、素人目には魔法にしか思えない「読解力」が身に付くのではないか。

それは「観る」ことについてもあてはまるはずだ。

こうした意味での「濫の時代」をどれだけ長くかつ深く生きたのか、ということは、いい仕事をするには決定的に重要なファクターである。それなしにいい論文も、いい走りも生み出されやしない。

自分の「濫の時代」が不徹底なものであったのではないかと自省しつつ、あるいはまた、今からでも遅くはないと信じつつ、この本を閉じた。
2003年9月1日(月) No.141

一気読み
山岸凉子:『日出処の天子』、白泉社(文庫)

Kiernanの本を今日中に読み終えるつもりだったのだが、クサンチッペがオークションで買った『日出処の天子』を何気なく読み始めたら止まらなくなり、結局、全七巻を一気読みしてしまった。

私の個人的時間が1985年で停止しているせいかもしれないが、日本のポピュラーカルチャーにおける優れた仕事のほとんどはこの頃までに出尽くしているという実感がある。

そして、少女漫画と、いや、漫画というジャンルにおいて、その頂点を成すのが、『日出処の天子』である。

LaLaに連載されていたころ、我が人生の師、青木秀樹さんから、『日出処』だけを切り離して合本したのを読ませもらったのがこの作品との最初の出会いであった。

それから単行本を入手して何度となく再読したのだが、ここ数年の間、やたらと引っ越しをしたので、いつの間にかなくなってしまっていた(戸袋の中に忘れてきた可能性が高い)。たぶん一〇年近くの間、この作品を読んでいなかったことになる。

私の文学・漫画・映画・演劇経験が少ないからそう思うだけかもしれないが、一つのテクスト内部での展開という限定を付けるならば、フロイトの言う「ファミリーロマンス」をここまで極限的に造形したテクストは『日出処の天子』以外にはないのではないだろうか。しかもそれが日本の歴史の「青春」と切り結んでいるのだ。いずれにせよ、母子関係の根源的疎外が内包する諸「可能性」を一本のストーリーの中でシーケンシャルに展開し、その中心に同性愛-幼女愛-近親姦を一身に負った主人公=厩戸王子を置き、しかもその人物像に充分すぎるほどのリアリティを与えた山岸の力量はいくら賞賛されてもされすぎることはないだろう。(しかも他の登場人物のほとんどもまたそれぞれにファミリーロマンス的疎外状況の中にいる)

現代日本ではあらゆるジャンルにおいて文化の継承性が急速に薄れつつあるので、『日出処』を読んだこともないままに、描かれた漫画、さらにはまた漫画について云々する言説が増殖してゆくだろう。それが異界への通路を持たぬ小さな「夢殿」の壁に自らの欲望を投影したものだという反省的意識の欠如とともに・・・(それはつまり、あと数年もすれば、『スラムダンク』を手にしたこともないのに、スポーツ漫画について得々と自説を開陳する世代が現れるということだ)。

こうした意味で、少なくとも、表象文化としての漫画について(言葉の真の意味において)批評しようとすれば、大塚英志の『教養としての<まんが・アニメ>』(講談社(現代新書))のような書物が「教科書」として必要となってくるのだろう。(残念ながら、『日出処』は大塚の「好み」ではなかったようだが・・・)
2003年9月3日(水) No.142

記録のみ
・Doris Kiernan: Existenziale Themen Bei Max Frisch De Gruyter 1978 S. 92-104 136-151 172-174.

明日には読み終わりそうだ。「よく調べてある」とは思うのだが、焦点が完全にWhatに合わせてあるので、「なぜこのような形式なのか」ということへの言及がほとんどない。

リクールの第III巻も読みたいし、翻訳の続きもやりたい。『ベンヤミン・コレクション』も読みたい。そんなことを考えている割に、暑さに負けているなあ。
2003年9月4日(木) No.143

虫の声を聞きながら
・Doris Kiernan: Existenziale Themen Bei Max Frisch De Gruyter 1978 S. 174-189 194-210.



ようやく読了。といってもHomo faberに関係している箇処は読まなかったので、全体の1/2くらいだが・・・"Die Höhlenszene"をハイデガーの視点から読み解くとかなりうまく説明できることはよくわかった。とはいっても、最後の場面で世人(das Man)の世界から脱却するという読みは基本的な誤読だろう。das Man的生に違和感を感じながらも、別の生き方をしようと試みたあげく結局はdas Manの世界へと回帰してしまう、というモメントは最後まで維持されているのではないか。本来性を拒否するところ、つねに漂いの中にいること、それこそが生成を可能にするのだ。



・ポール・リクール:『時間と物語 III』 新曜社 1988年 p.1-23。



Kiernanの本を読み終えたのに続いて手に取ったのだが、いきなり「時間意識の現象学」についての細かい議論が始まり、気が付くと「読書椅子(?)に座ったまま熟睡していた・・・
2003年9月5日(金) No.144

そよと吹く秋の風
・ポール・リクール:『時間と物語 III』 新曜社 1988年 p.23-294.

あと少しで「歴史とフィクションの交叉」に突入。この章を読みたいがために、ここまで1000ページ近い議論に延々と付き合ってきたのだ。

と、テンションが上がっている一方で、急に涼しくなってきたせいか、一日中眠い。はや冬眠モード?
2003年9月6日(土) No.145

またもや禁断症状が・・・!
土日は子供たちと遊んだり、掃除をしたりするうちに過ぎてしまった。
今日は保育園関係の用事をしていたら昼過ぎになってしまい、その後はちょっとリクールを読んだり、しているうちに夕方になってしまった。

したがって何もなし。脳のしわが減っていく感じがする。
2003年9月8日(月) No.146

長い旅だった
・ポール・リクール:『時間と物語 III』 新曜社 1988年 p.204-506。

ようやく読了。1200ページ以上にわたる長い旅。全体の構成は、二重、三重に絡み合ったシンメトリーを成していて、非時間的構成のようにも思えるが、いるが読書行為の「時間」の中では、「全体を見通すことのできない」ままに結論へと流れ込むことによって「物語」性をもったテクストだ。

ハイライトはやはり、第四部第二篇第五章「歴史とフィクションの交叉」だ。歴史記述と虚構が指示作用を交叉させるメカニズムの解明という点において既に極めて重要な章なのだが、その交叉点を論じる際に、「犠牲者の歴史」を、とりわけアウシュヴィッツを取り上げて、歴史が死者たちに負う無限の負債と、彼らの伝説を語る努めを前景化させていることによって、書物全体の構成の中で異彩を放っている。

「恐怖による固体化は、フィクションの準直観性がなかったら、それは感情としてはいかに後期で、深淵であるとしても、盲目のままであろう。フィクションは恐怖に襲われている語り手に眼を与える。見るための、泣くための眼である。」(345)

ここにおいて歴史と虚構はクロスしているわけだが、その交点において、物語ることが必然的に伴っている倫理の問題がはっきりと浮かび上がってくる。

「旅」を続けながら、解釈学の持つ「保守性」がずっと気になっていたのだが、リクールが「表象の限界」の問題圏の中で、解釈学の可能性をギリギリのところまで押し広げようとしていることが、この章を読むことでわかった。

しかしそれでもなお、ヘイドン・ホワイトの場合と同じように、歴史の物語論は「犠牲者」たちの「経験」を中性化するという批判から完全に逃れることはできないだろう・・・

が、いずれにせよリクールの行論を全て理解できたとはとうてい思えないが、読み切ったことで、自分の物語論についてこれまでよりも自信を持つことができた。
2003年9月10日(水) No.147

ポストモダンと母権制?
・Frederik A. Lubich: Max Frisch >>Stiller<<, >>Homo faber<< und Mein Name sei Gantenbein<<. Fink 1990,S. 9-40.

フリッシュの三大ロマーンを「ポストモダンにおける母なるもの(へ)の回帰」という視点から分析している。留学しているときに著者のLubichの講演がETHであったので聴きに行ったが、このときもやはり、ポストモダンと母権制という結びつきを余りにも強調しすぎるという印象を持った。モダン=父権制社会によって抑圧されていた(集合的)無意識の形を変えた噴出をこのような図式でまとめようとしているのだが、どうもピンとこない。むしろ、母権制からフェミニズムに至るまでの多様な性的表象が、部分的には融合し、一方では対立しながら、市民社会の世界表象と価値表象(Welt- und Wertvorstellung)の自明性に揺さぶりをかけていると見るべきなのではないか。シュティラーやガンテンバインが女性的な側面を持っているのは確かであるが、その女性性それ自体がすでに多義的なものなのだ。
2003年9月12日(金) No.148

古典の条件
・Manfred Jurgensen: Max Frisch. Die Romane. S.62-100.

 10年ほど前に、同じ著者のHomo faber論を読んだときはあまり感心しなかった記憶があるのだが、今回のは、最近読んだStiller論の中で一番波長があった。社会と自己との弁証法のダイナミズムの中で、人はなぜ物語を語らずにはいられないのか、という問題になんとか切り込もうとしているからである。
 あえて言えば、もう少し形式に着目してほしかったが、これはないものねだりというものだろう。
 にしても驚いたのは、Wer schweigt,ist nicht dumm.となっている版と、Wer schweigt,ist nicht stumm.があるという指摘である。「沈黙している者は愚かではない」というのと「沈黙する者はしゃべれないのではない」では全然意味が違ってくるではないか。しかもこの「沈黙」というのは「語り」の対義語として非常に重要なのだ。Jurgensenはかなり怒った調子で校正者のミスを指摘しているが、当然だろう。ここは文脈からしても、フリッシュの思想からしても、stummでないと変だ。
2003年9月14日(日) No.149

仕方ないとはいえ
日曜日に久しぶりに阪大で「デュレンマット研究会」に参加したという以外、研究らしいことは三日間何もやっていない。空いている時間はタイガースの応援、および、優勝の喜びを書き散らすことに費やしてしまった。

研究会のメンバー、とりわけ増本さん(今年のラジオドイツ語講座の・初級編の先生)の仕事の質&量と比べると、自分の仕事ぶりがいかにも牛歩めいて見えてしまう。なんだか年々遅筆になってくるしなあ・・・しかも質の方も落ちているような・・・

明日から仕事モードに戻ろう。
2003年9月16日(火) No.150

読書行為論はこんなに退屈だったっけ?
・Richard Egger: Der Leser im Dilemma Peter Lang 1986,S.31-72.

タイガース優勝モードの中でかろうじて読んだのがこれ。イーザーの読書行為論をフリッシュのテクストに応用した本。チューリヒ大学に提出された博士論文をPeter Langから出版したものだ。12年前に序章とHomo faberについての章は読んだとき、結構参考になった記憶があったので、今回はStillerについての章を読んでみた。

あと30ページほど残っている段階での評価は、△。三谷研爾さんに、作用美学系の研究は一度目はやっていておもしろいが、二度目になるとたいくつになる、といわれたことがあるが、それと同じようなことが、再読にもあてはまるようだ。Eggerの言いたいことはよくわかるし、研究の学問的な価値も今日なお失われてはいない。にもかかわらずSo What?という感想ばかりを抱いてしまうのだ。少なくとも人はなぜウソをつくのか、あるいは、虚構のテクストを紡ぎ出すのか、という問いには読書行為論は、百歩譲って、この論文は答えてはくれない。

自分が作用美学的な研究をすることは二度とないだろうとつくづく思ってしまった。
2003年9月19日(金) No.151

上/神がいるのはいいことだ
昨夜勢いにまかせて書いたのだが、内田さんの本に対するコメントを再読してみると、言いたいことが伝わりにくい書き方になっていたし、そもそも自分の現実にも対応していないような気がしてきたので改訂することにした。




・Jürgen H. Petersen: Max Frisch. Metzler 1989. S.103-119.

 Stillerの最後のところでシュティラーがロルフにBete für mich,daß sie nicht stirbt!と叫ぶ。これを「彼女が死なないよう、僕のために祈ってくれ」と訳すこともできるが、そこには「僕の代わりに祈ってくれ」というもう一つの意味があって、そこに超越を失ってしまった人間が重要な他者を失うことの苦悩が集約されている、といった解釈を自分の議論の中心に据えようと思っていた。とはつまり、この一文にそこまでこだわっている研究者はいないだろうと、予想していたのだ。しかし甘かった。Petersenははるか以前にこの点を指摘していたのだ。まあ、これをあたかも自分のオリジナルであるかのように得々として論じるという失敗を未然に防いだだけでよしとせねばなるまい。Petersenは私と思考の型がよく似ている研究者だし、こういうこともあるということだろう。


・ヴァルター・ベンヤミン:『近代の意味 ベンヤミン・コレクションI』  筑摩書房 1995年。p. 9-36&327-415.

 最初に収録されている言語論があまりにも難解だったので、以前、原語と対照させて読んでもさっぱり分からなかった、『親和力』論や『(旧訳題)ドイツ悲劇の根源』を飛ばして、1920年代後半以降の仕事を読むことにした。
 最初にベンヤミンを読んでから10年以上経つし、その間に、「前読んだときはさっぱり分からなかったのに、今読むと実によく分かる」という経験を何度もしたのだが、初期ベンヤミンは相変わらず私の力量を越えているようだ。無論、実際には、初期の仕事をきちんと理解できていないと中期以降の仕事に触れても読み落としてしまう層というのはあるのだろう。
 しかし、それでも読みたいし、読まねばならない思想家というのはいるのである。読みうる層だけでも十分に魅力的なのだから、そうするより他ないのだ。

・内田樹:『子どもは判ってくれない』=『月刊ウチダ10月号』 洋泉社 2003年。P.3-159.

 例によって著者献本。『ため倫』と同じく、内田さんのWEB日記を中心にして編集されている。しかし、どういうわけか初めて読むテクストが多い。更新の速度が速すぎてフォローしきれないときがあったが、そのせいだろうか?
 まだ最後まで読んでいないのだが、(言葉本来の意味で)反省的に読めば読むほど、「自分って大人の思考ができていないのね」という気持ちが強くなってしまう。身体より脳の思考を優先しているし、ハラスメントもしてしまうし、正論を唱えるのも好きなのだから・・・・・
 『ため倫』に比べると、噛んで含めるような文体で書かれているが、きっと「子ども」たちに届くことを願って発せられた言葉だからだろう。
 ただ、正論についての話は、「話を難しく」しようとう内田さんの主張とは反対に、シンプルすぎて私の経験してきたいくつかのリアリティにはぴたりと当てはまらない。
 「私の主張は間違っている可能性がある」と思っている人間が集まると、その議論は大変迅速に進行し、かつ内容は濃密で深厚なるもにになる」と内田さんは言う。それは<なるほど正論>だとしても、<しかし>そういう人間が集まっている「可能性」がきわめて低い議論の場に身を置いた場合は、どう振る舞えばいいのだろうか? 例えば各々の「邪論」を「正論」だと信じ切って人たちの中に身を置いてしまったとき、まずもってどのようにして、過誤の可能性へと通路を開いていけばいいのだろうか? 今多数派の側が選び取ろうとしている可能性とは別様の可能性に対する確信を持つことそれ自体がすでに、コミュニケーションを拒否していることなのだろうか? 「正論」が引き起こすノイズには消極的契機しか含まれていないのだろうか?
2003年9月24日(水) No.152

合間を縫って
・内田樹:『子どもは判ってくれない』=『月刊ウチダ10月号』 洋泉社 2003年。P.159-254.

 内田さんの本を読んで元気がでることはあっても、へこんでしまうことはこれまでなかった。しかし、この本を読み終わったとき私はちょっとブルーな気分になってしまった。「たいへんに長いまえがき」→「はじめて大人になる人へ」→「大人の思考法」→「大人の作法」→「大人の常識」と諸章を読み次ぐに連れて、自分の「子どもの思考法」が否応なく前景化してきたからである。不惑の歳になった<大人>の思考と行動の形が「子ども」というのはちとつらい。「長いまえがき」には、この本は説教本ではなく「大人文化の専門家」による「敵情視察レポート」だと書かれているが、少なくとも「読んでいる私」は「読む前の私」を三時間あまり説教していたような気がする。

にしても「大人」ってめったに出会わないのはなぜなんだろう。


・Paola Albarella: Roman des Übergangs. Königshausen & Neumann 2003. S.7-21.

 今年出た最新のフリッシュ研究書。フリッシュの仕事をスイスとか、せいぜいのところドイツ語圏の文化と政治の中に置くことでこと足れりとする研究は確かに多い。しかしこのAlbarella(何人なんだこの人?略歴が付いてないのでよくわからない)さんは、50年代西欧文化における「パロディ」の広汎なコンテクストの中にフリッシュを置く必要があることを力説している。方向は全然違うが、私もフリッシュの仕事をドイツ語圏の散文や演劇のコンテクストから解放することを試みている。まだ、序論を読んだだけだが、わりと好印象を持った。

今後のStiller論執筆計画

Albarellaの最新の研究
Petersenの1994年のStiller研究
原典再読&ノート補筆
テクストのOCR処理
二次文献の重要箇所を再検討
昨年の草稿を土台に論文執筆

できれば年内に完成したいが、無理だろうな。11月には台北でシンポジウムもあるし・・・
2003年9月25日(木) No.153

遊歩の思想家/遊戯の小説家
・Paola Albarella: Roman des Übergangs. Königshausen & Neumann 2003. S.22-70.

 Spiel(遊び/演戯/ゲーム)のモメントとか、「物語」よりも「物語り」(@野家啓一)が前景化してゆく消息とか、私の関心と響き合う論点を含んでいるのだが、比較の対象として選んだイタリアやフランスの作家のテクストが原文で引用されているので、よくわからない箇所も多々ある。が、実存とアイデンティティの問題に還元してこと足れりとする研究が多い中では、物語り行為についてきちんと考えているいい本だと思う。最後まできちんと読もう。

・ヴァルター・ベンヤミン:『近代の意味 ベンヤミン・コレクションI』  筑摩書房 1995年。p.415-687.

 第一巻を読了(といっても初期の言語論やゲーテ論をはしょったのだが・・・)。詳しい人たちにとってはきっと常識なのだろうが、ベンヤミンは引用の達人だというのが第一印象である。引用というのはベンヤミンの美学のキーワードの一つだと思うが、そのベンヤミン自身が実に的確に他者の手になるテクストを引用している。引用するという行為それ自体に見とれるというのはめったにない経験だ。
 ベンヤミンを読んでいるとあたかも現代の文化研究者と話をしているような気分になることが時々ある。
この写真家の腕は確かであり、モデルの姿勢はすみずみまで彼の意図にそったものである。にもかかわらずこの写真を眺める者はそこに、現実がこの写真の映像としての性格にいわば焦げ穴をあけるのに利用したほんのひとかけらの偶然を、<いま-ここ>的なものを、どうしても探さずにはいられない。この写真の目立たない箇所には、やがて来ることになるものが、とうに過ぎ去ってしまった撮影のときの一分間のありようのなかに、今日でもなお、まことに雄弁に宿っている。(p. 558)

例えばここなどは、「写真」を「映画」に置き換えて、細部の語句も多少変えればば、ほとんどそのまま内田樹の映画論になってしまうではないか。
 しかし、その一方で、ベンヤミン自身のイデオロギーや時代による制約というものもはっきりと認めることができる。例えばピカソに対する評価なんかは、ちょっと的を外している。芸術の政治化のプロジェクトも「大衆」のリアリティを捉えきっているとは言えない。とはいっても、それは後知恵として言えることであって、ナチズムの危険がほとんど絶望的に明白になった時代に、そこからの脱出路を探っていたベンヤミンとしては、そこに賭けるしかなかったのだろう。
 近々ベンヤミンのドイツ語版著作集を注文することを決意した。

・増本浩子:『『ホモ・ファーベル』とオイディプス神話』 所収:『姫路獨協大学外国語学部紀要』 第16号、p.127-143、2003年。

 論文のテーマにふさわしく(?)飛行機の中で読んだ。なんせ『ホモ・ファーバー』のテクストは、「吹雪のため三時間遅れで、私たちはニューヨークのラガーディア空港を出発した」という一文で始まるのだから。
 増本さんが力点を置いているところから少し外れた箇所が私には興味深く思われた。例えば、デュレンマットの非-喜劇論とフリッシュのテクストに見られる悲劇的-喜劇的な要素との関係である。とりわけこうした問題圏の確信にある「偶然」の問題は、フリッシュとデュレンマットを比較する上でじっくりと腰を据えて考えるに価するとの印象を改めてつよく抱いた。   
 細部においては私の『ホモ・ファーバー』理解と異なっている箇所もいくつか見られるが、私に物語り行為とそれを分析するための基本的構えを教えてくれたこのテクストが新たな視点から再読されるのは、そうした解釈の相違を越えてうれしいものである。
2003年9月30日(火) No.154


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