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☆研究日誌☆

こんなものは本来公開すべきではないのかもしれない。
しかし、不勉強の実態をあえて世間に晒すことで自らを「他律」すれば、
少しは研究も進展するのではないか、と考えた。



2004年2月の日記


Was steht vor der Tür?
Jürgen H. Petersen: Max Frisch: Stiller Diesterweg 1994. S.74-99.

 見てのとおり、最近ほとんど仕事ができていない。

 無論それは、卒論指導が大変だったことや、委員会や入試関係の仕事がこの一ヶ月ほど集中的にあったということに主たる原因はある。
 しかし、大学と官舎と名古屋マックを一斉にMacOSXに移行させようとして、けっこう手こずったというのも大きい。
 官舎と名古屋のMacはOS9とOSXのデュアルブートなのだが、この場合はClassic環境が安定しているし使い勝手もよい。
 しかし大学で買ったiMacはOSXでしか起動できないので、Classicは完全なエミュレーションだ。原因はわからないが、この場合、どうも不可解な現象が起こりがちだ。
 ここ数日でようやく、Classic環境を安定させるコツがわかってきた。研究関係の「資産」のほとんどはNisusWriterで作ってしまっているので、Classicとのつき合いはまだまだ続きそうだ。

 以前、内田樹さんが、「パソコンにこり始めるとそっちに時間を取られて研究できなくなるから、自分じゃなくてもできることはメカに詳しい人に丸投げした方がいいよ」とおっしゃっていたことの意味が次第にわかってきた。
 かといって内田さんのように、丸投げする財力はないし・・・

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Petersenはたぶん明日で読み終えるだろう。1/23の日記に書いたように、原稿執筆モードに移行せねば!
2004年2月12日(木) No.181

Keine Ausrede bitte!
Jürgen H. Petersen: Max Frisch: Stiller. Diesterweg 1994. S.99-110.

Heinz Ludwig Arnold: >>Was bin ich?<< Über Max Frisch. Wallenstein 2002. S.5-67.

Heinz Ludwig Arnold: Gespräche mit Schriftstellern. C.H.Beck 1975. S.7-28.

 やっとのことでPetersenを読了。最近、日独英語すべてにおいて遅読傾向が強くなってきた。Petersenはここでも物語り行為についてのハッとさせる分析を提示すると同時に、内容については割と平凡な解釈を繰り返している。本の性格からして仕方がないとはいえ、形式から思考するというこの研究者の特徴を生かし切れていないという印象は拭いがたい。
 というわけで不満も残ったが、Stiller論の一つのスタンダードとして必読ではある。

Arnoldが2002年に出したフリッシュ論>>Was bin ich?<<のかなりの部分は、彼が1975年に発表したフリッシュとのインタビューに基づいている。まずは前者を読み、つづいて後者を読んでいる途中である。
 これを読み終えたら、今度こそ、執筆モードに入らねば(って何回書いたことだろう?)

 デュレンマットの翻訳も何が何でも明日から再開するとここに誓う。
2004年2月21日(土) No.182

翻訳からの逃走
 Dürrenmattの翻訳に取りかかってみたものの、それ以前のコンテクストをかなり忘れてしまっていて、どうも調子が出ない。で、気分転換だと自分に言い聞かせながら、Stillerの全文をOCR処理する作業に取りかかっった。
 試しに、60ページほど、スキャナで読み込み、E-Typist(残念ながらWIN版)で画像をテクストに変換し、ワード形式で書き出した後、マックに転送してスペルチェックをかけ、レイアウト等の調整を行った。
 ワード形式で書き出すところまでは、E-Typistの設定さえ工夫すれば、割と流れ作業で時間もかからない。面倒なのは、スペルチェック時に辞書にない単語を学習させたり、修正候補を選択する作業と、改行と字下げを微調整する作業である。
 そうこうしているうちにFrischのTagebuchを翻訳する話が持ち上がった。だが考えてみると、Dürrenmattの翻訳だけでも既に大幅に遅延を繰り返しているのに、さらなる翻訳を担当するなど不可能に近い。より正確には不誠実きわまりない振る舞いであろう。翻訳から逃走するために別の翻訳のことを考えているのだ。

 そう言えば、論文を書いていて一番の難所に差し掛かったときに、よく、次の論文の構想があれこれ浮かんでくるのも一種の逃避であろう。
2004年2月25日(水) No.183

これも仕事のうち
・Heinz Ludwig Arnold: Gespräche mit Schriftstellern. C.H.Beck 1975. S.28-73.

 前期日程関係の業務の合間を縫って読了。ふう。60年代に行われたビーネクとの対談と並んで重要なものだとの思いを強くする。
 
 それにしても、作家が自分自身や自分のテクストについて語った言葉をどのように扱うのか、簡単そうで難しい。それもまた一つのテクストであることに間違いはないのだが、テクスト分析の方法でアプローチしても単なる戯画に終わってしまう。もしかすると作家は主観的には非常に真面目に自らの仕事について語っているのかもしれないが、そこでの意図や思想がテクストには反映されていないどころか、反映させようとすることでいっそう本質的なところでその意図や思想を裏切ってしまうということすらある。いずれにせよ反映論から身を振り解きながら、作家の言葉にアプローチするための立場はありそうで見つからない。

StillerのOCR処理、S. 412-491.

 E-Typist ver.9のドイツ語認識率はかなり高い。F、Ü、mとrnなどを認識するのはやや苦手だがそれ以外はほとんど正確に読みとっている。しかし、段落の認識はまだまだ不十分だし、解析結果をワードに変換したりする過程に面倒なところがある。マニュアルやオンラインのQ&Aを読んでいくつかは解決したのだが、結局のところ、欧文認識機能はまだまだおまけレベルの部分を含んでいる。
 スペルチェックは、OS9版ナイサスのものと、OSX版ナイサス(試用中)、そしてスペルキャッチャーを持っているが、OS9版が一番使いやすい。しばらくはクラシック環境から離れることは出来なさそうだ。
 
 一体いつ完成するのかわからないが、ファイルメーカーを使って、フリッシュの全仕事のテクストデータベースを作るという構想(妄想?)を少しでも進めたいものだ。
2004年2月26日(木) No.184


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