学問的個人史&研究業績


※どんな学問分野に身を置いても気が付けばアウトサイダーになってしまっているハヤナギの学問的彷徨とアカデミック・ハイの歴史。現在は「社会学的物語論者」を自称しているが、これもかりそめのものに過ぎないような気がする。知りたいことは決して変化してはいなのだが、「それって何学?」と訊ねられるといつも答に窮してしまうのだ。いずれ詳しいのを書く予定。 →「研究業績」へ


葉柳 和則 (HAYANAGI, Kazunori)

職  名: 長崎大学環境科学部・助教授

電話・FAX: 直通:095-819-2739 内線2739

学  歴:

山口大学付属山口中学校卒業(1979)

山口県立山口高等学校卒業(1982)

大阪大学人間科学部(社会系)卒業(1986)

大阪大学大学院人間科学研究科博士前期課程修了(1988)

大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程単位取得退学(1990)

大阪大学大学院文学研究科博士前期課程修了(1992)

大阪大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学(1997)

スイス政府給費留学生(チューリヒ大学第一哲学部)(1997-1999)


専門分野: テクスト理論、文化社会学、ナラトロジー(物語論)、ドイツ文学

所属学会: 日本社会学会、日本独文学会、阪神ドイツ文学会、社会学研究会

職歴 : 大阪産業大学非常勤講師(1992)、神戸女学院大学非常勤講師(1994)、

関西学院大学非常勤講師(1996)、大阪外国語大学非常勤講師(2000)、長崎大学助教授(2000)

 

■現在の研究テーマ

パーソナル・ドキュメントのテクスト分析:ある個人が残した日記、手紙、回想、その人に対して行ったインタビュー、あるいはその人の為した表現行為としての小説、詩、演劇、音楽などに物語論的反省を加えつつ、経験の記述をめぐる理論と技法の可能性を探る。具体的には次の三つの柱を立てている。

(1) 劇作家マックス・フリッシュの美学と人類学者レヴィ=ストロースの神話学の 方法論的同型性。

(2) 人文・社会科学の諸分野における記述の理論と技法の物語論的再検討

(3) ドイツと日本の近代における大衆芸術に見られるテクストの生産と受容


■主要な研究業績

【著書】

(1) 『『文学的アンガジュマンの軌跡 –––マックス・フリッシュのビューヒナー賞講演を中心に–––』、所収:栗林澄夫・谷口廣治・山本佳樹(編)、『戦後ドイツ文学とビューヒナー –––ビューヒナー・レーデを読む–––』、ビューヒナー・レーデ論集刊行会、S.48-61、1995年 9月。

「ビューヒナー・レーデを読む会」に参加することで、研究会とはいかなる集まりであるかを、様々な側面から教えてもらった。90年代の前半、私は一つのテクストを徹底的に読み解く力を身に付けることに重点を置いており、ミクロコスモスを踏破することで、マクロコスモスへの確かな通路を得るというスタイルが気に入ってもいた。この論文は、そう言う意味ではマクロコスモスへの最初の一歩を開始したものである。

(2) 『小さき者への変身 –––エリアス・カネッティのカフカ読解』所収:平田達治(監修)、松村國隆、金子元臣、三谷研爾(編)、『中欧-その変奏』、鳥影社、S.382-401、1998年6月。

(3) 『情報・メディア環境』『芸術環境』、 所収:長崎大学文化環境/環境政策研究会(編)、『環境科学へのアプローチ』、九州大学出版会、P. 134-147、2001年3月

(4) 『史学と詩学のあわいに –––出来事の語りにおける仮構性をめぐる考察–––』、 所収:長崎大学環境科学部(編)、『環境と人間』、九州大学出版会、P. 153-175、2004年3月

【論文】

(1) 『あるべき生の背理 –––M.フリッシュの『ホモ・ファーバー』における「ハンナ解釈」–––』、『独文学報』、第8号、「独文学報」刊行会、S.1-18、1992年11月。

初めて活字になった論文。テクスト解釈の理論と技法についての「修業時代」に書いたせいか、今読むと妙にかしこまった感じがする。下準備の段階でも、一次文献、二次文献を含めて「ハンナ」という女性について書かれたあらゆるテクストを読んで、比較検討するという地道な作業を行った。フェミニズムについての知識もほとんどなかったのに、「イズム」に対するフリッシュの抑えがたい違和感を根拠にして、「解放された女性」の生き方について論じてしまったが、割と評判はよかったような気がする。

(2) 『「見る」ことと「観る」ことのあいだ –––M.フリッシュの『ホモ・ファーバー』における主人公の変容–––』、『ドイツ文学論攷』、第34号、阪神ドイツ文学会、S.71-87, 1992年12月。

査読誌に投稿するのは初めてだったので、かなり緊張したのを憶えている。今回OCR作業とHTML化を通じて気づいたのは、当時の私は「彼」「彼女」といった人称代名詞を多用する癖があったことだ。外国語を直訳したようで少々ぎこちない。意識的にテクスト内在的な議論に集中していることもあって、方法論的には古風な感じがするが、Homo faberに関して、まず内容=Wasを論じた上で、形式=Wieに向かおうと思って書いた。ここで見出された「常に途次にあること」という論点は、その後の私のフリッシュ研究の基本的スタンスを形作るものとなった。

(3) 『語り手・テクスト・読み手 –––M.フリッシュの『ホモ・ファーバー』における三つの層をめぐって–––』、『Quelle』、第46号、クヴェレ会、S.49-62、1993年12月。

(4) 『近代日本の社会運動リーダーの供給源』、『教育社会学・教育計画論研究収録』第9 号、大阪大学人間科学部、P.41-72、1993年3月。

(5) Weit entfernt von der “Wirklichkeit”–––Das Erzählen von Max Frischs Mein Name sei Gantenbein–––『待兼山論叢・文学篇』、第28号、大阪大学文学会、S.35-44、1994年12月。

公刊されたものとしては最初のドイツ語論文。というか、その後ドイツ語で論文を書いていない。せいぜいゼミのレポートやレジュメ程度にとどまっている。これでは独作力が落ちるのは当然だ。反省。未だ知られていない外国の文化を母国語で紹介するというのは大切な仕事である。何でもかんでも外国語(しかも英語)で書けばいいというものではない。だが、私の現状はちとお粗末である。
 この論文では『わが名をガンテンバインとしよう』の物語構造を虚構性の枠に焦点を当てて分析した。私の論文の中では反響がある方に属する。


(6) 『諷刺するエロス –––クルト・トゥホルスキーと添田唖蝉坊–––』、『Quelle』、第48号、クヴェレ会、S.31-44、1995年12月。

(7) 『「私」は文学によって表現できるか –––マックス・フリッシュの<順列の文学>–––』『ドイツ文学』、第96号、日本独文学会、S.96-105、1996年 3月。

日本独文学会の学会誌である『ドイツ文学』は、制限字数が短いので、まとめるのに苦労した。掲載されるまでのすったもんだは、いろんな意味で今でも忘れられない。400字詰め原稿用紙で30枚足らずの論文だが、内容的にはその後の私の研究の理論的中核を形作っている。この論文に枝葉を付けていけば、楕円状のゲシュタルトをした私の研究の右半分が描けるはずである。

(8) 「可能的世界としての舞台 –––M. フリッシュの『伝記』初演に至る美学的背景」、『独文学報』、第16号、大阪大学ドイツ文学会、2000年。

(9) 『既視というリアリティ –––M.フリッシュの『モントーク岬』における語りの存立機制–––』、『ドイツ文学論攷』、第43号、阪神ドイツ文学会、S.1-21、2001年12月。

(10) 『「運命」としての実存の構造? –––「順列の美学」と『伝記』改作をめぐる消息–––』、『独文学報』、第18号、大阪大学ドイツ文学会、S.91-112、2002年11月。

【翻訳】

(1) 葉柳和則、原清治、山内乾史(共訳)、キャザリン・マーシュ(著)、『サーベイ・メソッド(抄)–––社会学的説明への調査の貢献–––』、神戸大学大学教育センター、1995年10月。葉柳担当箇所:第1章「イントロダクション」(p.1-8)と第5章「意味のレベルにおける適切さ」(p.77-104)。

(2) 谷口廣治(監訳)、ビューヒナー・レーデ研究会(訳)、『照らし出された戦後ドイツ ゲオルク・ビューヒナー賞受賞講演(1951-1999)』、人文書院、2000年12月。葉柳担当箇所:「一九五四年 マルチン・ケッセル」(S. 25-32)、「一九五八年 マックス・フリッシュ」(S. 63-80)、「一九七二年 エリアス・カネッティ」(S. 259-272)。

home01.gif