ハヤナギゼミとは
<基本的立場>
環境なるものが私たちによって問題として意識されるとき、それはどこか異質のもの、なじみのないものとして立ち現れる。それまで当たり前のものとして呼吸し、飲み干していた空気や水が、我々の身体に侵入する異物として意識化される瞬間がそれである。社会環境・文化環境においても事情は同じである。それまで自分にとって当たり前のものとしてあったテレビ番組にふとしたきっかけで疑問を感じたとき、メディア環境が研究の対象となり、何気なく聞き流していた音楽が妙に心にひっかかるとき、音楽環境が考察されるのである。
<葉柳ゼミの専門領域は何か?>
このゼミでは上のような基本的立場から、人間とその生活世界に、人文・社会科学の方法を用いてアプローチしてゆきます。葉柳の研究の中心は二つあります。一つの中心はテクスト論であり、もう一つの中心は文化社会学です。その二つを中心にして楕円状に関心領域が広がっています。具体的には、人類学、思想、精神分析学、民俗学、社会史、宗教学、メディア論、比較文化論、歴史学、文学、美学、演劇学、生活史、大衆文化・音楽です。一方苦手なのは、経済学、法学、マクロ政治学(ミクロはok)、数理社会学、純粋な哲学です。
上のような分野において、葉柳は主として「パーソナル・ドキュメントの分析」という方法を用いて研究活動を行っています。つまり、ある個人が残した日記、手紙、回想、その人に対して行ったインタビュー、あるいはその人の為した表現行為としての小説、詩、演劇、音楽などを素材にして、そこから読みとれる人間や社会についての問題について考察する、というのが葉柳の研究のスタイルです。そこでは、研究の対象にしろ、研究の主体にしろ、「個人の顔の見える」「個性を最大限に尊重する」ということに重点が置かれます。その点で正しい手続きを踏んでいる限りは誰がやっても結果が同じであることこそが重要視される自然科学や(計量系)の社会科学とは、逆の方を向いたアプローチであると言えます。ここでは研究をする主体が、「私」ではなく「あなた」であることこそが大切なのです。
<どのような人がこのゼミに向くのか?>
a) 大学院や企業の面接に際して、人文・社会科学の方法によって広義の「環境=人間とその生活世界」を研究した、と自信を持って説明できるよう、これらの分野についての基本的理論と技法を身につけたい。
b) これが自分の「作品」だ、といえるような卒業論文を書きたい。
c) 今朝起きてからこの文を読むまでに、少なくとも三つのことに好奇心を刺激されたり、疑問を持ったりした。あるいは普段から、人とは人とは違うことに知的こだわりを持ってしまうことがよくある。
d) 自分の方向性はまだはっきりしないが、人間や社会に関心があり、今から二年間集中的に勉強することで、その方向性を見定めたい。
e) なにげない出来事の中に驚きや感動を見出すことが良くある。
f) 「反省」と「後悔」は別のことだと思う。あるいは、他人の視点から自分を見てみることは快感だ。
g) 関心のあることについて研究発表し、さらにレポートや論文にまとめる、という自己表現のスタイルに魅力を感じる。
以上4項目のうち二つ以上に丸を付けた人はこのゼミに向いています。要するに、葉柳ゼミでは他大学の社会学部や文学部の学生が受けるであろう基本的な訓練を十分に施した上で、広義の「環境」について具体的に研究してゆくという方針をとっているのです。
一方、次のような項目に二つ以上丸を付けてしまう人はこのゼミには向きません。そういう人たちが能力を発揮できるゼミ、ハッピーになれるゼミはきっと他にあります。
a) 狭義の環境科学(自然環境、開発、公害、ゴミ等)の分野で深く追求したいテーマが既にはっきり決まっている。
b) 何事も数値化しないと研究した気にならない。
c) 科学とは客観性の追求だと思う。
d) 学問は正義の実現に直接結びつくべきだ。
e) すぐにはっきりした答が出ないと落ち着かない。
f) 勉強の成果をできるだけ早く社会に還元したい。
g) 無駄なこと、役に立たないことは大嫌いだ。
h) 人と話していて反論されたりすると深く傷つく。
i) なるべく楽をして卒業したい。卒業できればそれでいい。
j) 原稿用紙10枚以上の文章を書いたことがない。あるいは今後も、原稿用紙50枚以上の文章など書けそうにもないし、書きたくもない。
<ゼミに参加することで習得できる能力にはどんなものがあるか?>
a) 問題の所在を自分で探り出すことができる。(「他なるもの」への感度を高めます)
b) その問題について、先行研究、参考文献の収集・検討、フィールドワーク、インタビュー、アンケートなどの調査を行うことができる。(つまり佐藤郁哉「書を持って街に出よう!」(@佐藤郁哉)という言葉を実践できる力を身につけるということです。)
c) 調査結果を自分の言葉で整理、分析し、その問題に対する自分なりの見解を導き出すことができる。
d) 研究の途中経過や最終結果を口頭でプレゼンテーションすることができる。
e) 質疑応答を楽しみつつ、自分のスタンスを自分と相手双方に対してに明確にしてゆくことができる
f) 調査、質疑応答をふまえて、学問的に価値がありかつ(自分にとっても他の人にとっても)読んでおもしろいレポートや論文を作成することができる。
<演習の運営方法はどのようなものか?>
最初の五回はオリエンテーションとして、基本的な考え方と方法について葉柳が講義し、それに基づいて全員で資料やデータを分析の練習をします。
その後は原則として毎回二本立てで行います。各回の前半では人文・社会科学の必読文献を読み、疑問点について話し合います。夏学期は比較的理解しやすいものを選び、冬学期はやや理論的なものに挑戦します。
各回の後半は研究発表です。内容は人間・社会に関するものなら何でもかまいません。方法も文献研究でもフィールドワークでも結構です。
ただし次の条件を満たしていることが必要となります。
a)発表者の独自の眼差しが問題に向けられていること。(「常識の裏をついアイデア」を高く買います)
b)具体的な資料やデータに基づいて、分析や思考を展開していること。
c)提示された知見に何らかの点で、オンリーワンな要素が含まれていること。
学生たちの発表を聞いて、それまで知らなかったことを学んだり、自分自身の研究へのヒントを得ることを、私は切に願っています。私にとっておもしろい研究発表というのはそういうものです。私が既に身につけている情報や技法を学生たちがどの程度マスターしているのか/していないのかを査定するという限りなく退屈な<大学入試の思想>はこのゼミには無縁のものです。
<ゼミの企画にはどのようなものがあるか?>
a) 三年生ゼミ=環境政策演習
b) 合同ゼミ=院生から三年生まで全員が集合しての研究発表会(月一開催)
c) 飲み会:学期の節目に数回orそれ以上(新ゼミ生歓迎、就職内定、前期終了、大学院合格等々)
d) 調査:環境政策演習の一貫として、フィールドワークとアンケート調査を行う
e) ゼミ合宿:日常とは違う時間の流れを経験する。別名、温泉巡り。
f) 個人指導:レポート、卒論等を一字一句ていねいに一対一で指導。別名、恐怖の時間
<歴代ゼミ生の研究テーマ>
〔一期生〕
・『意味の解体としての笑い --松本人志の<介入>をてがかりに』
・『ステレオタイプとしてのアメリカ人の日本人観〜小説「ライジング・サン」を通して〜』
〔二期生〕
・(仮)『メディアリテラシーの実践とその課題 --松本サリン事件と河野氏の実践を事例として』
・(仮)『超越なき社会における「個人」と「世間」 --現代小説を事例として』
・(仮)『インターネット空間における「公共性」の成立 --ヴァーチャル・フィールドワークを手がかりにして』
・(仮)『日本におけるヒップホップ文化 --サウンドスケープの日米比較から』
・(仮)『演劇の<快楽>をめぐって --参与観察からの報告』
〔三期生〕
・(仮)『ファッションの魅惑と危険 --現象学的アプローチ』
・(仮)『モード・カステラ・偽物 --日本におけるブランドの現在』
・(仮)『人気アーチストの秘密 --有名性を維持する文化装置をめぐって』
・(仮)『人はなぜカラオケに集うのか --現代社会における聖俗二元論の変容』
・(仮)『日本文化はいかに表象されてきたか --日米の映画の比較を手がかりに』
・(仮)『「男/女らしさ」とはなにか --ジェンダーをめぐる深層インタビューを素材にして』